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終始和やかな雰囲気で食事は進み、お弁当を食べ終えたタイミングで鮫島さんが、
「凜、虫取り以外に何かしたい事ある? あっちに遊具があったし、遊びに行くか?」
凜に何をしたいか訊ねると、
「あのね、ぼく、いきたいところある!」
したい事ではなくて行きたい所があると答えた凜。
「凜! そういう事は言わない約束でしょ? 凜が虫取りしたいって言うからこうして公園に連れて来て貰ってるのよ? これ以上我儘言わないの!」
流石に見過ごせなかった私が凜を叱ると、
「まだ時間もあるし、行きたいとこあるなら連れてくから言ってみな」
私に怒られてシュンと落ち込む凜の頭をポンと優しく撫でた鮫島さんがそう口にした。
「鮫島さん……」
「遠慮しなくていいって。距離的に無理そうなら今日は行けないけど、行ける場所なら連れてくから」
「……あのね、ぼく、どうぶつえんいきたいの」
「動物園か……確かここからそう遠くない場所にあったよな。よし、じゃあ動物園に行くか」
「ほんと!?」
「鮫島さん、そこまでしてくれなくて大丈夫ですから……」
「いいじゃねーか、普段凜は我慢してんだろ? たまには行きたいとこ連れてってやったってさ。八吹さんも、遠慮ばっかしてないでもう少し気楽に楽しんだら?」
「ママ……どうぶつえん、だめ?」
反対しているのは私だけで、すっかり行く気満々の凜と遠慮しないで良いと言う鮫島さん。
そんな二人に見つめられた私はこれ以上反対出来る訳もなく、
「……それじゃあきちんとお願いしますって言おうね。鮫島さん、よろしくお願いします」
「おにーちゃん、おねがいします!」
「よし、それじゃあさっさと片付けて車戻るぞ」
こうして私たちは凜の希望で動物園へ向かう事になった。
「わーい! どーぶつえん!」
公園から約三十分程の距離にある動物園に着くと、先程公園の駐車場での鮫島さんとのやり取りを思い出したのか凜はテンションが上がってもその場から動かず、キョロキョロと辺りを見回している。
そして、入り口まで私と手を繋いで歩く凜は、何か言いたい事があるのか急にソワソワし始めた。
「凜、どうかした? トイレ?」
公園を出る前にも寄ったけれど、車の中でジュースを沢山飲んでいたからトイレにでも行きたいのかと声を掛けてみると、
「どうした?」
入園料を払って来る言って窓口に行っていた鮫島さんがチケットを持って戻って来る。
「あ、いえ、多分トイレに行きたいんだと思います。それよりも、これチケット代です」
凜を気にしつつも出して貰っていた自分と凜の入園料を支払おうとお金を差し出すと、
「金はいいって。それよりもトイレなら早く中に入ろう」
「いえ、そんな訳には」
「これくらい気にしなくて良いって。ほら、凜行くぞ」
頑なにお金を受け取らない鮫島さんを前にどうしようと戸惑っていると彼は凜の手を引いて中へ入ろうと歩き出す。
「八吹さんも、早く行こう」
それから一度振り返り、立ち尽くす私にそう声を掛けてくれた彼。
(こんなに甘えて、何だか悪いな……)
なんて思いつつ、これ以上不毛なやり取りを続けても仕方ないと感じた私は頷いた後、彼や凜に続いて園内へ入った。
「凜、先にトイレ行っちゃおうね」
入り口付近にお手洗がある事を確認した私が凜に声を掛けると、
「トイレへーき」
ぷいっとそっぽを向いて行かないと言われてしまう。
「え? でもさっき何か言おうとしてたでしょ? トイレじゃないの?」
てっきりトイレに行きたいものだと思っていただけに凜の言動を不思議に思っていると、
「……おにーちゃん、ぼく、かたぐるましてほしいの……」
私じゃなくて鮫島さんの方を向いた凜は、彼に肩車をして欲しいと強請っていた。
「肩車?」
「す、すみません! 気にしないでください! 凜、無理言っちゃ駄目でしょ」
普段あまり我儘を言わない凜。
言う時は余程それがしたいとかして欲しい時なのは理解している。
現に肩車はお友達がお父さんにして貰ったという話を聞いて憧れていたのも知っているけど、そんな事まで鮫島さんにしてもらう訳にはいかない。
何とか凜に言って聞かせようとすると、
「そうか、八吹さんじゃ肩車、無理だもんな。いいぞ、凜。肩車くらいいくらでもしてやるよ」
しゃがみ込んだ鮫島さんは凜の両脇を持ち上げると、『しっかり掴まってろよ』と声を掛けながら自身の肩の上に凜を座らせて立ち上がる。
「うわぁー! たかーい!!」
念願だった肩車をしてもらえた凜の瞳は輝き、テンションは今日一番高く、いつもと違って見える景色に興奮しているようだった。