1.駅前の再会、懐かしい声
午後三時、奏太は駅前のカフェに向かって歩いていた。
目的地は、あかりと約束した場所。
だが、店の入口に向かおうとしたその時、背後から突然、力強い声が響いた。
「おい、奏太!」
驚いて振り返ると、目の前には懐かしい顔があった。
短く刈り込まれた髪、精悍な顔つき。筋肉質な体を包むパーカー姿。
大学の映画ゼミで一緒だった親友、**友(とも)**だった。
「なんだよ、久しぶりじゃねぇか!」
友は親しげに笑いながら、迷いなく奏太の肩を叩いた。
その手の温もりが、ほんの少し心に沁みる。
「……久しぶり。」
奏太は、少し遅れて口を開いた。
友の明るさは昔と変わらない。だが、自分は変わってしまった。
「何してんだよ、こんなとこで。」
「……ちょっと、知り合いと会う約束があって。」
言葉を選びながら答えた。
「病院帰りだ」とは言えなかった。
「余命が一年だ」とも言えなかった。
だが、友はそんな奏太の心情など気にせず、笑いながら続ける。
「なんだよ、それよりさ、お前、ゼミに全然顔出さねえじゃん。みんな心配してたぞ。」
……ゼミ。
映画研究の仲間たち。
みんなで脚本を書き、カメラを回し、編集し、何度も作品を作り直した。
それが、彼の生きがいだった。
だが、病気を理由に参加をやめた。
理由を話せなかった。
「……悪い。」
たったそれだけの言葉しか出なかった。
2.「お前の夢、どうなったんだ?」
友は、目を細めて奏太を見つめた。
「お前、映画監督になりたいって、ずっと言ってたよな?」
奏太は無意識に唇を噛んだ。
「夢、諦めたのか?」
——諦めたくない。
でも、未来がない人間に、何ができる?
「……考えてるところ。」
それが精一杯だった。
友は少しの間、奏太の顔をじっと見つめていた。
何かを見透かそうとするような視線だった。
そして、少し間を置いてから、静かに言った。
「……俺はさ、お前の映画が好きだった。」
「……え?」
「一緒に撮った短編、覚えてるか?主人公が、死んだ友達の夢を叶えようとする話。」
奏太は一瞬、記憶を遡った。
大学二年の時に撮った作品。仲間たちと熱くなりながら、夜通し編集した映像。
映画祭ではそこそこの評価を得たが、賞には届かなかった。
「お前は、あの時も諦めなかった。納得いくまで編集し続けた。……あれが、お前の映画作りだろ?」
友の言葉が、胸に突き刺さる。
あの頃の自分は、限界なんて考えなかった。
ただ「最高の作品を作る」と、それだけを信じていた。
——今の俺は?
病気を理由に、全てを投げ出そうとしている。
「……俺は、もう……。」
言葉が詰まった。
夢の話をするには、あまりにも時間が足りなすぎた。
死を待つだけの人間に、未来はあるのか?
友は、奏太の沈黙を見つめたあと、口を開いた。
「なあ、もしさ……時間がないなら、今できることをやれよ。」
——今できること。
「俺たち、また映画作ろうぜ。」
奏太の心臓が、大きく跳ねた。
3.「俺たち、まだ終わってねぇだろ?」
「……俺が?」
声が震えた。
余命一年の人間が、新しい映画を作る?
そんなこと、できるはずがない。
「病気なんだよ、俺。」
ついに、口にしてしまった。
言いたくなかった。
でも、言わなければ、友はこのまま誘い続ける。
友の表情が一瞬、固まる。
次の言葉を考えるように、口を閉じた。
「……そうか。」
彼は、それ以上何も聞かなかった。
「でもさ。」
友は、少し笑った。
「だからって、何もせずに死ぬわけじゃないだろ?」
「……」
「お前が、最後に撮りたい映画を撮ろうぜ。」
——最後に撮りたい映画。
そんなもの、考えたこともなかった。
でも、もし本当に最後なら。
もし、自分が何かを残せるなら——。
「……俺に、撮れるかな。」
声は小さかったが、友には届いた。
「撮れるよ。」
力強い言葉だった。
奏太は、しばらく沈黙したあと、小さく頷いた。
「……やってみるか。」
友は、ニッと笑った。
「よし、決まり!」
「お前の映画、また観たかったんだよ。」
それは、嘘偽りのない、真っ直ぐな言葉だった。
4.カフェの扉の向こうで
「それで?お前、これから誰かと会うんじゃねぇの?」
友が時計を見て言う。
「ああ、あかりって子。」
「へぇ、どんな子?」
「……よく分かんない。でも、人を助けるのが好きらしい。」
「お前、ずいぶん変わったな。誰かとそういう話するなんて。」
「……そうかもな。」
奏太は、ふとカフェの扉を見る。
友と再会し、映画を作ることを決めた。
そして今、あかりとの時間が始まろうとしている。
彼の人生が、少しずつ変わり始めていた。