テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
甘かった。
コーヒーの匂い。
カップの触れる音。
午後の光。
彼は、
私の向かいに座っている。
自然に。
何の違和感もなく。
友人が、
笑顔で言う。
「彼氏さん?」
「うん」
私が答える前に、
彼が答えた。
声が、
重なる。
友人は、
少し驚いた顔をして、
すぐに笑った。
「優しそうだね」
彼は、
何も言わない。
ただ、
私の方を見て、
小さく笑う。
「最近、
よく一緒にいるよね?」
友人の言葉が、
軽く落ちる。
よく。
私は、
その言葉を
拾えなかった。
「たまたま、
だよ」
彼が言う。
私の代わりに。
友人は、
頷いた。
「偶然って、
重なるときあるよね」
彼は、
コーヒーに口をつける。
砂糖は、
入れていない。
それを、
私は知っている。
「この店、
前から好きだったんだ」
彼が言う。
初めて聞く言葉。
友人が、
楽しそうに返す。
「え、
そうなの?」
「うん。
前にも来たことある」
前。
私は、
いつのことか
思い出せない。
「ねえ」
友人が、
私に向き直る。
「この前の結婚式の
招待状さ」
心臓が、
跳ねた。
「ちゃんと
届いた?」
一瞬、
音が消える。
彼が、
こちらを見る。
静かに。
「まだ、
みたい」
そう言ったのは、
私じゃない。
彼だった。
友人は、
首をかしげる。
「へえ。
じゃあ、
もう一回送ろうかな」
「大丈夫だよ」
彼が言う。
「きっと、
もうすぐ来る」
断定するみたいに。
私は、
何も言えない。
彼の指が、
テーブルの上で
少しだけ動く。
規則的。
鼓動と、
同じ速さ。
友人は、
気づかない。
「ほんと、
仲いいよね」
そう言って、
笑った。
彼は、
笑わない。
私だけを、
見ている。
その視線から、
逃げられない。
カップの底が、
見えた。
もう、
飲むものがない。
それでも、
立ち上がれなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!