「そんなつもりは全くありませんでした。ただ、身を守ろうとした、それだけだったんです。どうやって、ということもありませんでした。本当に無意識的に、魔法を使っていたんです。大きな風が巻き起こって、彼はコンクリートの外壁にその身体を強く打ち付けてしまいました。僕も、そして彼も、その時には何が起こったのか、全く理解できませんでした。僕は慌てて呻き声を漏らして倒れる彼に駆け寄りました。彼はそんな僕に怯えるような視線を向けて、逃げるようにして後ずさりました」
それから堂河内くんは、再び紅茶で唇を湿らせて、
「……僕が手を伸ばすと、彼は僕を見上げて、じっと見つめてきたんです。恐ろしいものを見る目で。僕はただ、彼をその場に残して、立ち去ることしかできませんでした」
「……それから、その不良の彼はどうなったの?」
訊ねると、堂河内くんは、
「不良仲間の何人かには僕の魔法の話をしたみたいなんですけど、誰もそれを信じなかったみたいです」
「面白がって、魔法を見せろと言ってくる連中とかも居そうなもんだけど」
すると堂河内くんは首を横に振って、
「いえ、そんなこともなく。もともと彼は仲間内でも裏で相当嫌われていたらしく、あまりにも変なことをいうので、そのうち誰からも相手にされなくなった、と聞いています」
「……まぁ、なら良かったね」
「その件に関しては、ですけどね」
堂河内くんは肩をすくめ、ため息を吐いた。
「というと?」
「問題は、僕にも魔法が使えた、という事実の方でした。なにせ、真帆ねぇの親戚とはいえ、うちの家族には魔法が使えるものなんて、ひとりもいませんでしたから。どうして自分には魔法が使えるのか、この力をどうすればいいのか、その時は相当に悩みましたね」
その日は夜も眠れませんでした、と堂河内くんは苦笑して、
「真帆ねぇに相談してみようとも思いましたけど、でもすぐにはそうしませんでした」
「それは、なんで?」
「なんででしょうね」
堂河内くんは空を見上げながら、
「冷静になるにつれて、何かの間違いだったんじゃないか、たまたま強い突風が吹いて、そういうふうになっただけなんじゃないか、そう思ったんです。事実、もう一度風を起こしてみようと意識してみましたけど、その時は一度も魔法を使うことができなかったんです」
「でも、今は使えてるよね?」
すると堂河内くんは小さく頷き、
「たぶん、あの不良との件は、あくまできっかけにしか過ぎなかったんです」
「きっかけ?」
はい、と堂河内くんは口にして、右手のひらを上に向ける。その手のひらに吸い込まれるように、テーブルの上に落ちていた小さな葉が、彼の手のひらの上でくるくると踊り始めた。
「……それからしばらくして、僕は学校からの帰り道、ふとその時のことを思い出して、何の気なしに、もう一度試してみたんです」
「もしかして、魔法が使えたの?」
「……はい。驚きましたね。やっぱり、僕にも魔法が使えるようになったんだって。けど、嬉しいとは思いませんでした」
「どうして? 魔法が使えればいいのにって、思ってたんでしょ?」
僕だったら、そんな力があれば嬉しくて小躍りしてしまいそうだけれども。
けれど堂河内くんは手のひらを戻し、首を横に振ってから、
「――だって、人を吹き飛ばすほどの力があるんですよ? そんな力をうまく使いこなせる自信なんて、最初から僕にはなかったんです」
「それこそ、真帆さんに相談とかすればよかったのに」
「もちろん、それも考えました。この力を使いこなす――いえ、制御するには真帆ねぇに相談するべきなんだろうって。けれど、それはつまり、僕が魔法使いになるってことじゃないですか」
「嫌なの?」
「嫌というわけではないんですけど、さっきも言ったでしょ? 僕はあくまで、普通の生活を送りたいだけなんです。確かに小さなころは憧れもありましたけど、実際に魔法が使えるとわかってからは、ただ戸惑いしかありませんでした。たぶん、この力を真帆ねぇに話せば、それなりの練習――それこそ、魔法使いとしての修行をしなければならなくなるでしょうから」
「……まさか、その修行が嫌だった、とかもある?」
「少しは」
言って堂河内くんは小さく笑う。
「そうですね、面倒くさかった、という方が正しいかもしれない。僕は普通の生活を送りたいだけなのに、唐突に変な力に目覚めてしまった。それは小説や漫画の世界に憧れている主人公になりたい人から見れば嬉しいことなのかもしれないけれど、それを望まない僕にはただの不必要で余計なものでしかなかったんです」
「僕は――羨ましいけどなぁ」
思わず口にすると、堂河内くんは自嘲気味に、
「もし宮野首さんにこの力を譲れたら、喜んでそうしますよ」
「マジで? じゃぁ、もしその方法がわかったら、よろしくね」
堂河内くんは僕の言葉に、はははと笑って、
「いいですよ。楽しみにしててください」
「約束ね」
「約束です」
それから僕らは笑いあい、互いに紅茶を飲み干して、
「ってことは、今もちゃんとは魔法が使えないんだ」
「えぇ、まぁ、お店の中でお見せした通りです。ある程度自由に使えるようにはなりましたけど、気を抜くとその力は僕の意思に反して動き出す。と言って、真帆ねぇに相談すれば、あの人のことだから、もしかしたら僕を魔法使いに育てようとするかもしれない。それが嫌で、いままでずっと黙ってきたんです」
言って、堂河内くんは小さく笑った。
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