翌朝。内田一輝は、いつもより早く教室へ入った。
視線は、無意識のうちに一か所へ向かう。
──F評価を取った生徒の席。
そこは、空だった。
椅子は整然と机の中へ収められ、机の上には何もない。
まるで最初から誰も座っていなかったかのように。
(……欠席か?)
自分に言い聞かせる。
体調不良。
補習が長引いた。
理由はいくらでも考えられる。
だが。
教室の空気は、どこか不自然に穏やかだった。
オリバーはいつも通り元気に話している。
エドワードも笑っている。
バブルも優しく微笑んでいる。
しかし──
誰も、その空席について触れない。
まるで、そこに“触れてはいけない何か”があるかのように。
内田は、さりげなくスケルに声をかけた。
「昨日の補習、どうなったんだ?」
スケルは一瞬だけ動きを止める。
「……補習は、補習だよ」
それ以上は言わない。
エンゲルが後ろから低く言う。
「気にするな」
「気にするなって……」
「ここでは、それが普通なんだ」
普通。
その言葉が、やけに重い。
「クソッタレ……!」
チャイムが鳴り、サークル先生が入ってくる。
「では、授業を始めます」
表情はいつも通り。
左腕の大きなコンパスも、何事もなかったかのように静かだ。
黒板に数式を書き始める。
内田は、黒板ではなく、空席を見ていた。
名簿はどうなっているのか。
休み時間、こっそり出席簿を確認する。
そこには──
その生徒の名前が、存在しなかった。
最初からいなかったかのように。
(消えた……?)
背筋が冷たくなる。
森で見た怪異は、命を奪う。
だが、存在そのものを書き換えはしなかった。
ここは違う。
Fを取った者は、
“補習”を受け、
そして、いなかったことになる。
内田は、静かに拳を握る。
A+を取った自分は安全圏か?
いや──
もし次にFを取ったら?
もし、何かの拍子で評価が下がったら?
エンゲルの忠告が、今さらながら理解できる。
「─Fだけは取るな。」
それは、成績の話ではない。
生存の話だ。
内田は、初めて確信する。
この学校は、森と同じだ。
ただし──
怪物の姿が、教師と“制度”に置き換わっているだけで。
静かな教室で、数式が書き続けられる。
誰も 、空席を見ない。
内田だけが、そこにあったはずの“存在”を覚えている。
そして思う。
(これは……取材対象としては最高だが…… 当事者になるのは、最悪だな)
FPEの本当の異常が、
ようやく牙を見せ始めていた。






