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――新織鈴子。
やはり、俺が見込んだ通りの女だった。
あの大量のBL小説とBLマンガには、さすがの俺も驚いた。
驚いたが、人には趣味嗜好があるものだ。
俺なら彼女を理解し、受けとめることができるだろう。
だが、あの『俺を激しく愛してくれよ!』だけは別だ。
俺と晴葵がモデルとはどういうことなんだよ。
モブ子ってなんだ?
お前は俺の彼女だろ!?
「わからないな……」
俺と晴葵が付き合うことを本気で望んでないよな?
本人は否定していたが、怪しい……
そこだけが気がかりだ。
俺と恋人同士にされた晴葵はというと、会議中だというのに、退屈そうにあくびをしていた。
のんきな奴め。
あの時、新織が俺と晴葵をネタにして、BL小説を書いていると気づいたのは、俺だけだった。
わかりやすいペンネーム、そして二人の男。
すぐに俺は察した。
書くなら、俺とお前がカップルの小説にしておけよ。
なんで、俺と晴葵なんだ?
「くそ! そうじゃないだろ!」
「い、一野瀬部長。なにか会議資料にミスでもありましたか?」
心の声が出て、奥川を脅かしてしまった。
そんなに怯えなくてもいいと思うんだが。
「いや、わかりやすい資料だ」
「は、はぁ……ありがとうございます」
会議の進行、資料づくりは奥川がやってくれている。
仕事を押し付けられるタイプの奥川は、今日も会議の進行係にされてしまったらしい。
悪い奴ではない。
晴葵の情報によると、奥川はモ〇ハンで狩猟笛を使っているとのことだ。
笛を使う奴に悪い奴はいない。
PTをサポートする重要な役目だ。
ふうっとため息をついた。
趣味があるのはお互い様だ。
俺の|趣味《ゲーム好き》を受け入れてくれたんだ。
俺が彼女を否定できる立場ではない。
だが、なぜ俺と晴葵なんだ?(こだわる)
俺と新織のラブラブ小説なら、どれだけ書いてもらってもいい。
二部作でも三部作でも!
むしろ、超大作にしてもらって構わない。
相手が晴葵だというのが気に入らないのだ。
「なんだ。一野瀬。会議中に考え事か? 余裕だな」
常務が俺に敵意丸出しで噛みついてくる。
遠又を上回る嫌な男だ。
正直、今は虫の居所が悪い。
「それとも、彼女のことを考えてたのか?お前、社内で付き合っているそうじゃないか」
常務が厭味ったらしく言ってきた。
その隣で、遠又がニヤニヤ笑いながらいるのも気に入らない。
いいだろう。
一緒にいてくれるほうが好都合。
まとめてブッ倒すほうが手間が省けるというものだ。
俺は頭の中でカードを切る。
「奥川。会議の内容を説明してくれ」
カード【奥川の説明】
効果【丁寧だが説明が長い】
「は、はいっ! 食玩の可能性について、営業部からの提案です。食玩についてですが、中身のお菓子はいつも邪魔者扱いされてきた感があります」
食玩の新製品の話なのにそこからスタートするらしい。
お菓子を愛する社長だけが奥川の言葉に力強くうなずく。
これは長くなりそうだと気づいた常務が渋い顔をしている。
「社長がこだわってきた子供から大人まで楽しめるものをというテーマ。このテーマに感銘を受け、食玩を発売してきました」
「うむ、そうだ」
「営業で回っていても、食玩の反応はいいのですが、お菓子への情熱が薄いことに気づいたのです!」
俺はとっくに気付いているが。
それはかなり昔に証明されている。
「奥川君の言うとおりだ!! 我が社のお菓子はオマケではない。美味しく食べてほしいんだ!」
社長は食いついてきた。
『報われないお菓子、それを救いたい!』
この手の話は社長の大好物だ。
そうなると常務たちは静かにするしかない。
だが、遠又は空気を読まずに口をはさんだ。
「食玩がヒットすれば、こちらとしても売り上げが上がる。お菓子の内容にまでこだわらなくてもいいかと」
社長がドンッと机を叩いた。
「馬鹿者っ! お菓子を捨てる子供が出てきてしまうだろう!」
俺は新たなカードを切る。
カード【社長の情熱】
効果【社長のお菓子への情熱。攻撃力が増幅される】
「社長。いまや多くの事業に我々は参画しているわけですが、もとは製菓会社。それを忘れてはいけないと俺は思います」
「そうだっ! 一野瀬君の言う通りだ! 子供から大人までおいしく手軽に食べれるお菓子。そして、子供の頃の思い出として、いつまでの語り継がれるお菓子をだな――」
しばらく社長の話が続いた。
失言した遠又は、延々と社長の説教を受ける形となった。
俺は次々と持ち札を並べて、奴らに攻撃を仕掛ける。
反撃の隙を与えないことが重要だ。
社長の前で俺が|紀杏《のあ》と付き合っていたことを暴露し、別れた俺を一方的に悪者にしたてあげ、糾弾する。
そんな思惑に俺が気づいてないとでも思うのか。
時計をちらりと見上げた。
そろそろ社長の話を終わらせないと、定時で帰ることができなくなってしまう。
「社長。それでは、子供から大人まで楽しめる食玩。なおかつ、お菓子が脇役にならないものを考えていかなくてはいけませんね」
俺がそう言うと、社長はハッと我に返った。
それを好機と思ったのか、常務がサッと会話に入ってきた。
「そ、そうだ。そのとおりだ。さすが一野瀬は女心をつかむのがうまいだけあって、察しがいいなぁ~」
おいおい、無理矢理ぶっこんできたな……!
助けてやったと言うのに俺を攻撃してきた。
とんでもなく悪い奴だな。
俺は新たなカードを切った。
このカードは強いぞ!
カード【オタクたちの語らい】
効果【話し始めると周りを完全に無視。無敵状態】
「葉山。なにかフィギュアでいい案はないか?」
眠そうにしていたくせに、フィギュアの話題を振られた晴葵は一気に覚醒し、カッと目を見開いた。
俺の出番かと言わんばかりに、椅子からガタッと立ち上がった。
「俺は『魔法少女☆ルン』のフィギュアを推します! 天才フィギュア原型師に『魔法少女☆ルン』のフィギュアを作ってほしい!」
晴葵の話はプレゼンというより、オタクの願望トーク。
お前は企画課じゃなくて、営業だろ? なあ?
奥川まで力強くうなずいている。
常務たちは晴葵の勢いに気圧され、なにも言えなくなった。
さすが無敵カード。
社長すら戸惑っているぜ。
「むぅ……。しかし、それは大人から子供まで楽しめるとは……」
「人気アニメですよ! 社長!」
いつもはおとなしい奥川までこれだよ。
この二人を止められるのは俺だけ。
こほんと咳払いをした。
「俺が提案するのはパンダです。パンダは全年齢、性別問わず愛される生き物です。その愛らしい姿をフィギュア化するのはどうでしょうか」
「たしかにそうだ」
晴葵と奥川の視線が痛い。
『この裏切り者め。オタクの風上にも置けない奴だ』
二人はそんな目で俺を見ていた。
なんだ、その目は?
本気で『魔法少女☆ルン』のフィギュアを商品化するつもりだったんじゃないだろうな。
大きいお友達にはウケるだろうが、食玩のコストを越えている。
『魔法少女☆ルン』のフィギュアはゲームセンターで、オタクの金を巻き上げつつ、クオリティとレアな商品として、流通すべきだと考えている。
コストを抑えるために、クオリティを下げたフィギュアなど、『魔法少女☆ルン』を愛する層には、受け入れられない。
俺はそれを踏まえた上で、パンダを提案した。
二人は目に見えてがっかりしていた。
そして、悔しそうに俺をにらむ常務と遠又。
悪いがお前たちの野望は達成されない。
なぜなら、俺も常務も次期社長にはならないからだ。
「詳しい説明はお嬢さんから聞いてください」
会議室に企画書を手にした紀杏が入ってきた――そう、次期社長である社長の娘、乙木紀杏が。