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乙木ホールディングスの次期社長決定!!

その話題は、瞬く間に社内中に知れ渡った。


「社長は会議中に号泣したらしいわよ」


「娘の成長が嬉しくて企画書が涙で濡れてしまったとか」


親子の感動のストーリーって、どういうこと!?

もしかして、一野瀬部長のしわざ?

浜田さんは一心不乱に脇目も振らず、ペンを動かしている。

さりげなく後ろを通って眺めると――


『私のせいで、あなたが社長を諦めるなんて……。本当は違う選択肢もありましたよね?』

『俺が社長になったら、お前と付き合えないだろ?』

『部長……私っ!』

『社長の椅子はなくなったけど、俺にはお前がいる。だから、お前は俺のそばにいろ。一生だ』

『はい。一生、あなたのそばにいさせてください』


涙を流し、抱き合う二人。

感動シーンをすごいスピードで描いている。

いやいや、待て待て?

だいぶ、脚色されてるからね?

あの人は自分のゲーム時間確保のためだけに最善の方法を選んだだけにすぎない。

それが現実。


「新織。ランチに行こうか」


きたよ、|現実《ゲーマー》が。

もう私たちをジロジロ見る人はいなかった。

次期社長が決まったことで、社内の権力争いはとりあえず落ち着いたようだ。

詳細はまだわからないけど、ボス戦を制したと言わんばかりに、一野瀬部長は清々しい顔でやってきた。

騒動に終止符を打った男は嬉しそうに社食へ行き、念願だったカツカレーの食券を購入していた。

今回は、前もって食券を手に入れていたらしく、抜かりはない。

激戦のカツカレーすら制する男。


「今日こそ俺はカツカレーを食べるぞ。ほら、新織も」


「ありがとうございます……」


無邪気なものだ。

この無邪気さがある意味、最強だったということなのかもしれない。

カラッと揚がったトンカツとたっぷりのカレールウ。

福神漬と温泉卵のトッピング、ヨーグルト付きの豪華なカツカレーは競争率が高い。

後ろに並んだ人達も同じようにカツカレーを頼んでいた。


「カレールウは調理長がじっくり煮込んで作ったこだわりのカレールウだからな。カツの肉も肉屋から仕入れている特別なやつだ」


カツカレーのうんちくはいい。

他に話すことがあると思うんですが。

席に座るなり、小声で聞いてみた。


「あ、あの、一野瀬部長は|紀杏《のあ》さんが社長になることを知っていたんですか?」


「あー、そうだな。社長になりたいという話は、海外支店にいた頃から聞いていた。次期社長争いが始まって、俺か常務かって話になっていただろ?」


「そうですね。一野瀬部長と紀杏さんが結婚して社長になるのでは、と聞いてました」


「それは断った」


「断った!? どうしてですか? 社長ですよ?」


「あいつはゲームを否定した女だ。しかも、家庭用ゲーム機ごときでオタク認定してくるとんでもない女だぞ」


とんでもないのは一野瀬部長のほうだ。

社長の椅子よりゲームとは……

一野瀬部長は社長の椅子を失ったというのに、トンカツを嬉しそうに食べていた。


「紀杏はああ見えて気が強い女だからな。婚約者が社長になるのを反対したせいで、言い争いになったらしい」


「そんな理由で事故に!?」


「あいつにしたら、俺と結婚してでも社長になりたかったわけだ」


一野瀬部長ははぁっとため息をついた。

それで、あんなに私と一野瀬部長を別れさせようと頑張っていたらしい。

まったく効果なかったけど……


「婚約者は紀杏の気持ちはわかるが、社長は大変だろ? だから、俺か常務に任せろって言ったわけだ」


お断りだがと、カレーを口に放り込みながら付け加えた。


「で、カッとなった紀杏が暴れて事故にあったというわけだ」


なんて迷惑な痴話喧嘩だろうか。


「じゃあ、最初から社長の椅子狙いで帰国したってことですか?」


「そうだ」


ご名答とばかりに力強くうなずいた。


「教えてくれたらよかったのに」


「裏切り者をあぶり出す目的もあったからな」


一野瀬部長は凶悪な顔をして笑った。


「裏切り者!?」


「つまり、反社長派だ。なにも知らない常務たちは、乙木ホールディングスの筆頭株主の一人である紀杏に協力をしてもらおうとたくらんだわけだ」


「だから、あんなにご機嫌をとっていたんですね」


まるで、お姫様に群がる従者のようだったのを思い出す。


「常務は紀杏を侮り、自分が社長になったら、婚約者を乙木ホールディングスの取締役にしてやると約束したわけだ」


「立派なクーデターじゃないですか。それに、婚約者を取締役にされても、紀杏さんは嬉しくないと思いますけど」


「そうだ。社長になりたいのは紀杏で、婚約者の地位なんか、どうでもよかったわけだ」


紀杏さんと話をしているところに、タイミング悪く私が現れたから、常務と遠又課長は気まずい顔をして逃げていったのだろう。


「紀杏の手に入れたいものを完全に見誤った常務たちの敗北だ」


「貪欲なほうが社長に向いてそうですしね」


紀杏さんなら、乙木ホールディングスを今以上に大きくできそうだ。


「これでしばらくは安泰だな」


あー、俺っていいことしたなーとつぶやきながら、満足そうにカレーを頬張る黒幕。

いいことねぇ……

完全に自分のゲームをプレイする時間の確保をするため、日常の趣味のためよね。

なんて汚い大人だろうか。


「なあ、新織。落ち着いたことだし、俺達、一緒に暮らさないか?」


「えっ!?」


「一緒に暮らしたほうが、俺がノーマルだってわかるだろ?」


ぼとっとカツが皿の上に落ちた。

これって、同棲のお誘いってやつですか!?

ノーマルだとわかっているけど、向こうは私が疑っていると思っているらしい。

私が答えるより早く、別のところから反対の声があがった。


「待てよ! 貴仁! 俺のメシはどうなるんだよ!?」


私たちの同棲を止めたのは葉山君だった。

つまり、こうですね?

愛する人が自分を守るために、モブ子との結婚を決める。

お前を傷つけるやつはもういない。

安心しろ――一野瀬部長からにらまれ、妄想がしぼんでいく。

ああ、私のネタがぁ~!


「晴葵。お前は出入り禁止だ。今後一切、俺の部屋に入ってくるな」


「そんな冷たいこと言うなよ!」


悲しげな葉山君の顔に胸が痛む。

ミニ鈴子たちが飛び出してきた。

中世風ドレスを着て、ミニ鈴子たちはミュージカルを始めた。


『なぜ、俺たちは結ばれない~』

『そうだ! モブ子を殺してしまおう!』

『あいつは~邪魔者~』


誰が邪魔者よ。

しかも私を殺す気!?

ハッピーエンドどころか、サスペンス展開である。


「新織。返事は?」


葉山君には悪いけど、一野瀬部長には逆えない……

だって、私の最大の弱みを握ってる。


「お前の趣味を尊重しよう」


「私のコレクション込みでいいのならっ……!」


あのBL小説とマンガは私の魂の一部。

失えば、私は私でいられなくなる。

少しの間があったけれど、一野瀬部長から返事が返ってきた。


「……わかった」


ミニ鈴子達が歌う。


『これはハッピーエンド?』

『ある意味、バッドエンド!』

『二人の生活は前途多難!』


うるさいわっ!

ミニ鈴子をにらみつけた。


『お幸せに』


そう言って、ミニ鈴子は微笑むと消えていった。

私はオタクに囲まれて逃げられない!

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