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『ロウェルの森』で起きたスタンピード、それに連動した黄昏防衛戦と『ロウェルの森』での獣人族との戦いから一月の月日が流れた。
ロザリア帝国全体は夏真っ盛りとなり、木々は青々と生い茂り、自然には生命が溢れた。ここシェルドハーフェンは帝国南部に位置することから気温も高く容赦無く照り付ける陽の光が人々の体力を奪う。
だがそんな暑さに負けず人々は活発に活動していた。特に復興に湧く十六番街では商人や職人の動きも活発で区域全体が賑わっていた。
広く整備された石畳のメインストリート。それに沿うように交易品を満載して行き交う荷馬車。貿易商の店が連なり、大勢の人々で賑わう。『エルダス・ファミリー』統治下の荒廃した世界はそこに存在しなかった。
「どんどん買ってくれ!貴族様御用達の野菜だよ!今なら特売価格だ」
十六番街に進出した『黄昏商会』の支店は大勢の客で賑わっていた。
敢えてグレードを落とした農園の作物を庶民でも手の届く額で販売。その味は帝国に存在するあらゆる農作物より味が良く、飛ぶように売れていた。
これまでは貴族などの特権階級にのみに販売を限定していたが、更なる収益の確保を図るため十六番街限定ではあるがグレードダウンした農作物の販売を開始。
当然本来の農家などは売り上げの低迷を招き反発を強めた。これに対してマーサは。
「知ったことじゃないわ」
と切って捨てた。何故ならば農園と言えど生産力には限界があり、販売数にも限りがあるため農家の存続を危ぶませるほどの数は販売できないからである。
農作物は食料品であり、生活に欠かせないもの。『暁』産農作物はたまの贅沢、贅沢品としての側面を持たせることで共存を図った。
それでも農家の利益に影響を与えてはいるが、それこそ知ったことではない、である。
抗議に来た農業ギルドの使者に対しても商売であることを全面に押し出して追い返した。
なによりこの販売は十六番街の支配者である『オータムリゾート』の許可を得ているため、抗議も次第に下火となっていく。
「とにかく売り上げを伸ばすのよ。『魔石』が手に入ったけど、それ以外でも収益を伸ばさないと」
戦力の建て直しに奔走する『暁』は、改めて大々的に人員を募集。
訓練を施してはいるが、速成であることは否めず練度の低下を招いていた。
結果、一月経った今も海賊衆は黄昏で防衛任務についていた。
一方『血塗られた戦旗』を率いる傭兵王リューガはようやく重い腰を上げた。
手練れを複数黄昏に派遣して攻撃を開始。黄昏の町では『血塗られた戦旗』と『暁』の小競り合いが頻発することになった。
「嫌らしい手を使うものです。しかし、やるからにはやり返されても文句は言えませんよ?」
被害報告を受けながらシャーリィはゴーサインを出す。
その日の夜。
「記念すべき初仕事よ。主様を失望させるような真似はできないわ。気合いを入れなさい」
「おうっ!!!」
十五番街に潜入していたマナミア率いる工作部隊は、ラメル率いる情報部と連携し、『血塗られた戦旗』の団員が溜まり場にしている酒場のひとつを特定。襲撃を仕掛けた。
ドアを蹴破って店内に駆け込む四人の黒尽くめの男達に店内は騒然となった。
「なっ!?なんだてめえらは!?」
「何処の組の者だぁ!?」
四人は今回のために渡されたMP40サブマシンガンを構えて、無慈悲に引き金を引いた。
逃げ場の少ない展開でサブマシンガンの乱射を受けた者達は血飛沫と悲鳴を上げながら次々と蜂の巣にされ、初動で家具などに身を隠した構成員が銃で反撃したことで銃撃戦に発展。
だが拳銃程度しか持っていなかった構成員達が制圧されるのは時間の問題であり、数分後には店内も静けさを取り戻した。
「やれ」
四人は素早く動いて店内にガソリンを撒き、火をつけて逃走。明け方になって事件を知ったリューガは厳戒態勢を敷かせた。
「あーあ、先制パンチ食らってんじゃん。だから早めにやろうって言ったのに」
焼け落ちた現場を見ながら、『血塗られた戦旗』の殺し屋コンビである聖奈は溜め息を漏らす。
「十分も掛からなかったみたいだな。相当なやり手だ」
報告を聞いたジェームズもまた、廃墟を見て肩を竦める。
この攻撃で『血塗られた戦旗』はシノギをひとつ失い、呑んでいた手練れの構成員二十名を一度に失う。
この被害を受けてリューガは及び腰となり、十五番街の守りを固めることとなる。
「先にちょっかい出したのは俺達だ。これはやり返されただけ。倍返しにしてやれば良いんだが、ボスはビビってやがる」
「いいよ、別に。十五番街にはこれをやった人達が居るんでしょ?あはっ☆今から楽しみだよ」
まるで新しいおもちゃを見付けたように、愉しげに笑みを浮かべる聖奈。
「だな。やられっぱなしじゃ『血塗られた戦旗』の名が廃る。他の幹部達も動き始めるだろうし、邪魔が入る前に動くか。聖奈、情報は俺が集める。後は好きにしていいぞ」
「ずっと我慢してたんだよ?もう、我慢しないからね?」
「もちろんだ。舐めた真似した奴らに思い知らせてやれ」
傭兵王リューガは及び腰となった代わりに、危険な猟犬を解き放つ。
一方ラメルとマナミアはレイミから聖奈の存在とその危険性を事前に知らされており、諜報員や工作員達の潜伏は慎重に行っていた。
だが、猟犬の嗅覚はそれを上回った。
翌日、十五番街のメインストリートで雑踏に紛れて『血塗られた戦旗』の行動を監視していた情報部の諜報員の一人は、人混みを避けながら自分に近付いてくる少女に気付き、警戒したが。
「ごぶっ!?」
「あはっ☆見付けたよ。君からはぁ、血の匂いがしたんだ☆」
刃渡りの長い、所謂野太刀と呼ばれる長大な日本刀を右手で持った聖奈は、何の予備動作もなく刃を突き出す。
その切っ先は寸分違わず諜報員の心臓を貫き、目を見開いて吐血しながら信じられないものを見るように硬直する諜報員。
彼が最後に見たのは、返り血でその整った顔を汚しながらも愉しげに笑みを浮かべた少女であった。
「よっと。後お願い」
野太刀を引き抜かれた諜報員は身体から力が抜けるが、いつの間にか周囲に居た『血塗られた戦旗』の構成員達が抱えて近くの馬車へ放り込んだ。
「それじゃあ、ガンガンいくよぉ?遅れたら嫌だからね」
「おう!」
周囲を固めるのはジェームズがリューガに要請して派遣された手練れ達。主に聖奈のサポートを担当。
解き放たれた猟犬はそれから三日間で更に二人の諜報員を始末して見せた。だがこれは前哨戦にすぎなかった。