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臣桜
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畝澄ヒナ
119
#短編
五來 小真
29
コメント
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おお……第927話、読ませていただきました。 エミリの生い立ちがこんなに壮絶だったなんて……。十三歳でお父さんを亡くして、そこから継父の家庭での地獄のような日々。お母さんが自分を守ってくれないどころか敵視するようになった経緯、本当に胸が痛みました。 特に『自分だけターゲットになるのを避けるために「エミリちゃん」と呼ぶ』という一文が、もう……親子の愛情が完全に壊れてしまった瞬間が生々しくて。でもそんな中でも主人公が彼女を車に乗せて逃がしたシーン、あの優しさが救いですね。 続きが気になります。エミリが本当の意味で安全な場所に辿り着けますように。
振り向くと、彼女は大粒の涙を流し、クシャリと表情を歪めて言う。
『……お願いだから……、やめて。……彼に聞かせないで……』
『エミリ! 家に帰って来なさい!』
『いや!』
大体の事は見当がついたが、エミリから詳細を聞かないと判断できない。
ただ、今は彼女を毒親から引き離し、安全な場所に連れて行くのが先だ。
『丸木さん、お帰りください。エミリさんは嫌がっています』
『どうして私が帰らないといけないの!? 母親が娘の家に入るのは当然でしょう!?』
埒があかないと思った俺は、エミリの肩を抱いて車に向かう。
『今日は俺の家に泊まって。部屋は沢山あるから心配しなくていい』
『エミリ! 逃げるの!?』
母親はエミリと血が繋がっているだけあって顔が整っているが、内面が滲み出ているせか、ひどく醜く感じられた。
『さぁ、乗って』
俺はエミリを後部座席に押し込み、金切り声を上げる母親を尻目に、自分も車に乗る。
『出してください』
運転手に伝えると、車は滑らかに走り出した。
私――、丸木エミリはごく普通の一般家庭で生まれた。
生まれた時は来栖エミリという名前で、父の真一は凡庸ながらも優しくていい人だった。
けれど父は心臓に疾患を抱えていて、私が十三歳の時に儚い人となってしまった。
父を愛していた母、絵理奈は嘆き悲しみ、家事もまったくできなくなるほどだった。
私を心配した祖父母は、スマホを持たせてくれた。
それで祖父母と連絡をとり、ネットでレシピを検索してご飯を作った。
ようやく立ち直った母は、私に愛情を注ぐより、生活の基盤となるお金を重視した。
そして婚活に明け暮れ、私が十五歳の時に再婚した相手が今の父親――、龍也だ。
母より十歳ほど年上の継父は、不動産会社のボンボンだ。
継父もバツイチらしいが、その性格が原因で離婚されたのだと思っている。
本人は『俺から別れを切りだした』と言い張っているけれど、十中八九、継父が原因だ。
加えて私には異母兄弟がいるらしいけれど、会った事はない。
いつだったか継父が『息子たちは成人してるし、たまに酒を飲み交わす友人みたいな関係だ』と自慢げに言っていたが、離婚された人が誇る事じゃないと思った。
継父は嫌になるほど成金感の強い人で、母に『再婚する事にしたの』と紹介された時は、実父とまったくタイプの異なる男性を見て拒否感を抱いた。
継父は日焼けサロンで色黒になり、いい歳をしたおっさんなのに金髪で、金のアクセサリーをゴテゴテつけている。
見るからに成金感があって凄く嫌だけれど、母が今後の生活のためを思って、お金のある人と結婚すると息巻いていたのは知っていたから、受け入れるしかなかった。
元々の住まいは郊外だったけれど、母子家庭になったあとはプライベートなんてない、賃貸の安いマンションになり、一転して港区にあるタワマンに変わった。
安心して学校に通って勉強でき、お金の事を気にせず、友達付き合いができた事には感謝している。
けれど継父は制服姿の私をいやらしい目で見てきて、嫌な予感を抱いていた。
お風呂から上がったタイミングでわざとらしく洗面所を使おうとしたり、下着を入れている引き出しがあさられた形跡もあった。
でもその事を母に相談するなんてできない。
母は新しい夫に捨てられないように必死で、家の中だというのに夫に媚びている。
家事は家政婦さんに任せ、自分は〝友人〟と高価なランチを楽しみ、ブランド物に身を包む。
――母はすっかり変わってしまった。
幸せを得たはずなのに、母はキャバクラに行った継父に文句を言って頬を打たれ、その辺りから家庭内暴力が当たり前に横行して、家は安心できる場所じゃなくなった。
『別れればいいのに』と思っても、母は今の生活を決して手放したくないようだった。
母を庇えば私も打たれ、そのうち母のいない所で壁に押しつけられ、体をまさぐられるようになった。
知らない間にそれを母に知られたらしいが、母は私を守るどころか〝自分から夫を寝取るいやらしい娘〟として敵視しだした。
そのくせ、私がいないと暴力の矛先が自分に向くので、必要な時だけ『エミリちゃん』と私を猫撫で声で呼ぶのだ。
あとから思えば、自分だけターゲットになるのを避けるだけではなく、〝苦境を共に味わう相手〟として依存されていたのかもしれない。