私は、彼のその言葉を聞いて咽てしまった。
「何を言ってるんですか?」
「はっ?そのままだけど」
今日は、誕生日だからなのか特別に優しい。
彼の優しさが私のペースを狂わせる。
いつもみたいな俺様な感じがしないと、なぜか物足りない。
「美味しかったです。ありがとうございました」
もう一生食べられないんじゃないかと思う高級な料理だった。
「さぁ、次行くぞ」
「えっ?まだどこか行くんですか?」
湊さんに連れて行かれた先は、ホテルの中にある夜景が見えるテラスだった。
テラスには、誰もいない。
外の空気は少し肌寒かった。
そんな私を気にして、彼は自分の上着を羽織らせてくれた。
「ちょっと来て」
湊さんが夜景を見ながら指を差す。
「あの辺が俺のマンション。で、あっちが成瀬書店」
「なんか不思議だよな、こうやって見ると結構離れてるんだ」
湊さんの顔は生き生きとしていた。
「こんな広い街なのに、その中で俺とお前が出逢ったってすごくないか?」
「まあ、全国って考えるともっと広くなるんだけど、それでもこの景色を見ると、この中からでも出逢うことができたってすごいことだと思うんだ」
私は彼の話を黙って聞いていた。
隣にいるだけで幸せだ。
奏多さんを見つめていると、目が合った。
どうしよう。
こんなに近くにいるのに、すごく遠く感じる。
「どうした?」
「よくわからないんです。こんなに近くに奏多さんがいるのに、すごく遠くに感じます」
なぜだろう。私がもう彼のそばにいることができないと思っているからだろうか。
そう、私は彼を好きになってしまった。
今は秘密にしているが、近いうちに奏多さんから離れようと思っている。彼に迷惑をかけたくないし、傍にいるとずっと甘えてしまうから。
「湊」さんのファンでいた、私に戻らなきゃ。
「俺は、ここにいるだろ?」
そう言って、彼は私を抱きしめてくれた。
こうやって抱きしめられるのは最後かも。
私は彼をギュッと抱きしめ返した。
「花音、キスしていい?」
これも最後のキスになるのならーー。
「はい」
奏多さんが優しいキスをしてくれた。
最高の誕生日、もう思い残すことはない。
「花音、話があるんだ」
奏多さんからの話?
「なんですか?」
彼の話が始まるまでに少し間があった。
改まってなんだろう。
「んー、なんて伝えようか悩んだけど。湊ならカッコいい言葉とか思いつくんだろうけど……」
「俺は、奏多だからやっぱり無理」
どういう意味なんだろう?
「花音のことが好きだ」
「えっ?」
夢……だよね?
そんなことあるわけがない。
「最初は認めたくなかった。というか、好きになっちゃダメだと思っていた。こんな仕事してるし」
「でも、お前が家にいないとすごく寂しい。たった一日いなかった日も、何も手につかなくなってた。今、何をしているんだろうとか?男といないか……とか。お前のことばかり考えてた。んで、机にお前の手帳が置いてあったから、お前の部屋に置きに行こうと思って、カレンダーを見て。すごく嬉しかった。CDもライブも俺に言えば簡単に手に入る物なのに、全然頼ろうとしないじゃん?それが、少し寂しかったのもあるし、花音らしいなって思って……。そうそう、カレンダーを見て、お前の誕生日を知ったんだ。言わないところもお前らしいと思ったけど……」
彼の瞳は真っ直ぐに私に向けられている。
「俺は、花音がいないとダメだ。ずっと俺の傍にいてほしい。この仕事をしているから、この間みたいに悲しい気持ちにさせることも、仕事でいない時もあるから寂しい気持ちにさせることもあるかもしれない。普通の男と女みたいに、気軽にどこかに行ったり、遊びに行ったり……することもできないと思う」
「でも、それ以上に幸せにする。約束する。ずっと俺の傍にいて?」
奏多さんが私のことを好き?
本当……なの?
私も奏多さんのことが好き。
だから、離れようとした。一緒にいることで、奏多さんの迷惑になると思ったから。
この先の彼のことを考えれば、奏多さんのことを本当に思うのであれば、一緒にいない方がいい。
彼はまだ歌い続けるから。
私がいたら、きっと邪魔になる。
もしも……。もしもこの関係が世の中に知られてしまったら、彼の人気は落ちてしまう。
彼の謎に包まれているビジュアルが好きなファンもいるだろうし。私もきっと、バッシングを受ける。
彼と付き合うということは、相当な覚悟が必要。
私にはその覚悟があるの?
私は何も答えられなかった。
彼のことを「好き」であるのは間違いない……。
けれどーー。
「ありがとうございます。私も……。奏多さんが好きです!でも……」
「奏多さんには、私じゃないもっと相応しい人がいます。だから、付き合えません。夢みたいな時間をありがとうございました」
これでいいんだ。
彼の将来を考えた時、私が彼のために今できること。
「じゃあ、なんで泣いてるんだよ」
涙が私の頬を伝っていた。
苦しい、本当は彼と別れたくない。
ずっと一緒にいたい。
例え私が世の中から非難を受けても、奏多さんがいてくれればいい。
彼は私の頬に流れる涙を拭ってくれた。
「好きだよ」
そう言って抱きしめられる。
あぁ、もう無理だ。
「私も奏多さんのことが好き。湊さんじゃなくて、奏多さんが好きなの!ずっと一緒にいたい」
彼の胸の中で自分の気持ちを吐露した。
「花音なりに、気を遣ってくれたんだろ?でもな、俺、お前がいないともう無理だから。もしフラれたら、ここから飛び降りようと思った」
「ウソばっかり……」
彼はフッと笑い
「飛び降りるってのは、冗談だけど。花音がいないと無理っていうのは本当。これからも一緒にいてくれる?」
「はい」
彼をギュッと抱きしめ返す。
そんな私の頭を優しく撫でて
「花音の前では、奏多だけど……。それでも良かったら、花音のためにずっと歌い続けるから」
そう約束してくれた。
「あっ、奏多さん……。も……。ダメ」
その後、二人でマンションに帰り、現在彼のベッドの上にいる。
彼の告白を受け、自分も好きだと言うことを伝えた結果、手加減されることなく、身体ごと彼に愛されていた。
「んん!……はぁ」
キスをされている間に、下着のホックを外されていた。
「もう我慢しないから。花音の身体ごと全部愛したい」
彼は、私の首筋にキスをした。
「あっ……」
キスをされたのと同時に胸に感触があった。
「ああっ……!」
服を下着ごと捲られ、私の上半身が露になる。
「やっ、恥ずかしい」
「可愛いよ」
彼は優しい言葉をかけてくれた。
「ん……。ああっ!」
奏多さんの舌が胸の先端の部分に触れた。
「あぁ!奏多さ……気持ち……どうしよ」
経験したことのない気持ち良さに喘いでしまう。
「もっと気持ち良くする」
「あ……。んん!」
彼にキスをされ、舌と舌が絡まり合う。
彼は、上半身の服を脱いだ。
綺麗な引き締まっている身体。
奏多さんの裸、初めてちゃんと見たかも。
「綺麗……」
私が彼の腹筋を触った。
奏多さんは、私の耳にキスをしながら
「ありがとう」
と呟いた。
奏多さんの舌が私の口の中に入ってくる。
「んんっ……ん」
気づけば、キスをしている間に、奏多さんの指が私の下半身に伸びていた。ショーツの上を指で擦られる。
思わず、奏多さんにギュッと掴まる。
「濡れてる……。花音、力抜いて。痛かったら言って?」
奏多さんの指が私の身体の中に入ってきてーー。
「ああっ!」
「痛い?大丈夫か?」
「んっ、だいじょうぶ……。奏多さん、身体がヘンだよ。どうしよう」
「あ……ああ……!!」
彼の指が動くたび、声が出てしまう。
「もっと声聞かせて?」
彼に耳元で囁かれ、身体がゾクっと反応をした。
「んんん……!」
それから必要以上の愛撫を受けた。
「花音。最初は痛いかもしれないけど、痛かったら止めるから言って?」
この後、どうするのかはわかっていた。
コクンと頷く。
「あぁ……!ああ!」
彼の身体の一部が私に挿ってくる。
「花音、痛い?止めるか?」
「止める方が……。いや……」
「わかった」
「んんん!ああっ」
彼にキスをされる。
「挿ったよ」
彼に抱きしめられる。
「奏多さん、大好き……」
「俺も大好きだよ……」
その後はよく覚えていなくて……。
気づいたら朝を迎えていた。
それから一カ月後ーー。
「奏多さん、起きてください!仕事遅れますよ?朝ご飯は、いつも通りですからね!」
寝ている彼を揺さぶる。
奏多さんとは正式に付き合うことになったが、生活はあまり変わっていない。
ただこの変わらない「普通」の生活が幸せなんだと毎日感じている。
「んー。もうちょっと……」
「ダメです!今日は、午前中から打ち合わせでしょ?」
「……」
「私、学校遅刻しちゃうんで、先に行きますからね!」
そう言って彼の部屋を出ようとした。
「花音……。行ってらっしゃい」
彼はまだ枕にしがみついたままだが、声をかけてくれた。
「行ってきます!奏多さんも仕事頑張ってください」
マンションを出て、通学をする。
いつも通り学校が終わり、今日は成瀬書店のアルバイトだ。
アルバイトも何も変わらない。
が、今日は久しぶりに何冊か本が売れた。
嬉しい出来事だった。
閉店の準備を一人で行っていると、私の大好きな人の歌が店内のラジオから流れてきた。
ラジオのパーソナリティーが紹介を始める。
<今日のリスナーさんからのリクエスト曲は、湊のLast Song です>
私は作業の手を止めて、聴き入ってしまった。
「あー、やっぱりいいな。上手だなー。すごいな」
カウンターに座り、頬杖をつきながら目を閉じて曲を聴く。
もちろん、店内にお客さんがいないからできることだけど。
「困りますね。仕事中ですよ?」
やばい、その声は……。
「すみません。店長」
後ろを振り向くと、私の大好きな人が立っていた。
「今日は、仕事早く終わったんですか?」
「あぁ。閉店して、帰るぞ」
二人で片づけて、彼のマンションに帰宅しようと変装をしている奏多さんと手を繋いで歩く。
「今日の飯なに?腹減った」
「今日は、ハンバーグです」
「マジか!楽しみ」
彼のご機嫌は良い。
「奏多さん、ちょっとかがんでください?」
「なんだよ?」
そう言いながらも、彼は私の言葉通りかがんでくれた。
私は彼の肩に掴まって、頬にキスをした。
付き合って一カ月。
頬にだけは、自分からキスできるようになった。
彼は私の行動に微笑んでくれる。
「帰って、飯食べて、風呂入ったら、今の続きな」
「えっ?」
「お前が悪い」
彼がギュッと私の手を強く握った。
これから幸せなことばかりではない。
きっといろんなことがあると思う。
でも、彼と一緒なら乗り越えられる。
私はそう信じている。
<終わり>
コメント
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完結お疲れ様です!🙇♂️ 好きな人の好きな人になれる、って言うのって凄い奇跡なことだと思うので、2人には一緒にいれる時間とか、大切にして欲しいです!!✨