23時37分、ネオンがギラつく街で女子高生に刺された。女子高生が年齢詐称をしてホストクラブに行っていることがバレてしまい、彼女を担当してたホストの立場も危うくなる為、担当ホストが彼女に『もう店に来ないで欲しい』と告げた。その際彼女がヒステリックを起こし、ヘルプのホストにカッターで八つ当たりしだしたのだ。ヘルプであってもホストはホストで、ホストクラブの商品だとジブンは思っているので、黒服であるジブンが止めに入ったのだが、ジブンも腹部を2回ほど彼女に刺されてしまった。突然刺されたため焦ってしまい、何も考えずにカッターを持っていた彼女の手を叩き落とし、腹に刺さったカッターの柄を持ちながら、ネオン街の闇へ駆け出した。女子高生で腕力も握力もさほど無いが、2回も刺されてしまったため、走る度一方の傷から大量の血が滴り落ちているのがわかる。人の声よりも、耳鳴りの方が大きく感じる。カッターが刺さっている方も、大量出血を避けるために刺したままにしているが、内側で刃が揺れて傷がジクジクと少しずつ拡がっていくので、痛いのに変わりはなかった。「はぁっ……ぁ……痛ってぇ……」
歓楽街の先にある商店街を400m抜けたところで膝から崩れ落ちた。腹部に二つも傷がついた状態で走るのは、さすがに命の前借りに過ぎない。しかし、別にこのまま生きていても、特に楽しみがある訳でも、大切な人と会う予定がある訳でもないと悟り、『もういっか』と目を閉じようかと思ったが、怪我をしたヘルプや、女子高生の担当ホストのことを思い出して、警察を呼ぼうとしたが、スマホは充電が切れてしまい、使えない。近くの家に尋ねて、電話を借りようにも腹部に刺し傷がふたつもあり、ひとつにはカッターが刺さっている赤髪の男は、どこからどう見ても不審者でしかなく、自分が警察の厄介になってしまうため、前途多難だった。このまま歩いて、偶然すれ違った人に交番の場所を教えてもらうことにした。しかし、どこにも交番らしきものもなければ、通行人もいない。とぼとぼ歩きながら、古くから使っている手拭いを折り込んで、刃が刺さっていない方の傷の周囲に当てながら抑えて止血を行った。
(おかしい……なんでこんなに人いねぇんだよ。ってか、スーツが血を吸って重いし、血の匂いで吐きそう)
歩いているうちに、なんにも考えられなくなり、足も自分の足みたいで言う事を聞かない。本当にこれが終わりなのかもしれない。そう思った時、後ろが、急に光って振り向いた瞬間、なにか重いものにぶつかるような衝撃を受け、その場で倒れた。
衝撃を受けた方を見ると、原付バイクがあった。原付バイクに乗った人は一度原付をその場に止めた。彼は暗めの髪色のオールバックに、オレンジ色のジャケットを羽織り、ジト目にもタレ目にも見える紫色の瞳を持つ若者だった。
「うわっ、えっ、大丈夫すか」
「すみません、前よく見えなくて……。」
謝罪を口にしている時に、やっと人に出会えたと察して、がむしゃらにその人にしがみつき、助けを求めた。
「あ、あの今、ジ……ブンが働いているホストクラブで流血沙汰に……なってるんです。な、……何人かのヘルプが客に刺されてるんです。お願い……です、住所教えるんでけい……警察に通報して下さい。」
「え、そうなの?ってか腹からすんごい血出てるよ?大丈夫?それとも返り血?」
「ジブンも刺されたんです。被害、広めたくなくて……客からカッターを奪って……逃げて来ました」
「まず病院に行ったら?傷は浅そうだけど、走ったから傷口も広がったんじゃない?」
「び、病院は……また後でも行けますし、今財布も保険証も無いし、スマホも充電無い……んすよ」
「マジか、」
「あ、あの……せめて交番の場所を、教えて下さいませんか……?自分で行くんで」
「その怪我で行けんの?だいぶ息も上がってるし、出血で服も重いだろ。」
「い、行くしかないでしょ……。逃げて来れたのジブンしかいねーんだから」
「……じゃあさ、一旦家に来ない?」
「は?いやいや、ジブンの話聞いてる?なんで貴方の家に行くことになるわけ」
「いやだって、その傷で行けないだろ。絶対交番に着く前に力尽きるって。一旦うちで夜を明かして、その後交番に行ったらいいんじゃないかな。折角逃げてこれたのにお前が死んだら意味無くね?」
「それはそうだけど……ってか、いいの?こんなあからさまに訳あり物件なジブンを家にあげんの怖くないの?」
「全然?お前と喧嘩しても、俺無傷で勝つ自信しかないよ」
「そりゃそうだろ。」
「それに、俺思うんだよね。警察呼ぼうが救急車呼ぼうがお前仕事放棄してんじゃん。どうせ戻ったってクビじゃね?聞いてる限りやばそうな職場だし、それならまだ俺について行った方が良いんじゃないかな」
「……た、確かに。」
「それに、うちにも電話があるし、怪我の手当してくれる奴隷も居るからさ。手当されてる間に電話しちまえよ。」
「んー、奴隷ってのが引っかかるけど、メリットだらけで困るなぁ」
「それに、お前よりヤバい奴いっぱい居るから全然気にしないで」
「急に怖がらせんのやめてくんね?ってか、あんたが決めていいの!?他にも住人の方がいらっしゃるんだよね!?それに、社宅だから、クビになったら出てかないといけないし、そうなったらしばらくあんたん家にしばらくいることになるぜ!?」
普通これを聞けば、嫌な顔をするか、嫌な顔を表に出さなくても言葉を何とか取り繕ってやんわりと断るだろうとジブンは思っていたが、彼は顔色を変えずに口を動かした。
「うん、そうすれば?っていうか、しばらく居たらダメ?何で??」
「何でって……そりゃ迷惑になるでしょうが。」
「迷惑……、そもそも、人って何かしら迷惑をかけて生きていると思うんだよね。自分が知らない間にさ。俺だって、数え切れないほど迷惑かけて生きてきたよ。でも、それは皆同じだ。だから、そんな誰かに迷惑をかけることに神経質にならなくても良いって俺は思うけど。」
彼の言葉を聞き、ジブンは「調子が狂うわ」と額に手を置き、溜め息をつく。
「……わーったよ!!お言葉に甘えてあんたについてく!!後悔しても知らねーぞ!!」
彼は乾いた笑いを零して「わかった」とだけ言うと、原付バイクのエンジンを掛けて、ジブンの横を通り過ぎて行った。ジブンは意味が分からなかった。ジブンで言うものでは無いのかもしれないけれど、かなりの負傷者だぞ?家にこいって言ったのに置いてくのか?と疑問符しか湧かない。傷が開くかもしれないなどと考える余裕も無く、覚束無い足で彼の後を追った。
「おいコラ待てやボケェェェェェェェェェ!!!」
原付には追いつけなかったが、分かれ道が無かった為、思ったよりも簡単に彼の家の特定はできた。しかし、もう話すでやっとなほどの体力しか残ってない。原付の彼は、玄関の前に座って「よく追いつけたね」と笑った。
「死んでも地獄の底まで追いかけてやるって決めてんだわ」
「怖、とりあえず、玄関まで上がれる?」
「……今はもう足は使いもんにならん。這って行く」
「やばいねお前」
「お前さんに言われる筋合いないわい」
何とか匍匐前進で玄関に入る。靴の数と部屋の広さから、8人程で住んでいる事がわかった。
「他の奴ら呼んでくるから、そこら辺で楽にしてて」
「あいよぉ」
彼は靴を脱ぎ、そのまま奥へ消えて行く。ジブンが刺されてから、どのくらいの時間が経ったのだろう。ホスト達は大丈夫だろうか。ヘルプの子達死んでないといいなと頭の中で色んな感情がこみ上げてくる。腹の傷を抑えながら、呻き混じりのため息を吐いた。
「珍しいですねふみやさん、夜食以外で僕を起こすなんて。」
「まぁね、ちょっと俺だけではどうしようも出来ないから助かる。……お待たせ。連れてきたよ」
「(ふみやクンってのか……)あ、ありがと……。」
重い顔を上げて、肩で息をする。ふみやクンの横にいたのは、青みのかかった髪に、吸い込まれそうなほどの黒い瞳。ルームウェアを着ていてもわかる細身の若者だった。細身の彼と目が合うと、彼はふみやクンに「この方は?」と聞く。
「原付乗ってたら急にコイツが現れてさ、それによく見たら怪我してるし、病院に行こうって言ったんだけど、社宅に財布と保険証があるから行かないって聞かないし、こいつの店が今トラブってるから警察呼べって言ってさ。だから、うちに来て依央利に手当てして貰いながら警察に通報したらいいし、こいつ職務放棄したからほぼ百パークビじゃん。だから、コイツの仕事先が決まるまで泊まってってって言ったんだよ。」
「ふみやさんまた原付乗ってるじゃん!!……あ〜でも、今はそれどころじゃなさそうですから、後で細かく聞きますね。それよりも、怪我してるんですよね?大丈夫…じゃありませんよね。怪我を見せてください。」
「ごめんなさい……。」
「失礼しますね。……っ!!か、カッターで刺されてますよねこれ。しかも2つも」
「……はい、相手は女子高生だったので力はそんなに強くなかったんですけど、ここまで早歩きで来たので、傷が開いたみたいっす……」
細身の彼は、一瞬石のように静止し、ふみやクンの方を見た。
「ふみやさん?もしかしてですけど、帰る時にこの方を置き去りにしました?」
「……いや?」
「嘘つけぇ!!!何やってんの伊藤ふみや!!」
「だって仕方ねぇじゃん、原付は二人乗り出来ねぇんだから」
「こういう時だけマトモになるな!!……本当にうちのふみやさんがごめんなさい!!」
「いえ、さすがにビックリしましたけど、生きてたんでもうなんでもいいやって思ってますんで」
「本当にごめんなさい、とりあえず身体を洗ってから、手当をしますね。お風呂案内しますね。」
「ありがとうございます。」
「それじゃ、依央利任せた。あ、そうだ。102って書いてある部屋好きに使っていいから、おやすみ。」
「う、うん。」
依央利さんに浴室の場所を教えてもらい、服を脱いでシャワーだけ浴びる。傷口に染みるので、ボディーソープは腹部以外のところだけ使って、髪を洗った。先程休んだので一人で風呂に入ることが出来るほど回復して、心底安心した。
「あの〜、服とタオルはカゴの中に入れてますので、全然使ってくださいね!」
「あ、……ありがとうございます。」
傷が広がらないように、声を控えめにして返したが、きっと聞こえてないだろう。無視したように捉えてしまったらと思うと申し訳なくなった。
浴室から出て、依央利さんが用意してくれた衣類を着てみると、ジャストサイズで少し驚いた。身長がジブンとほぼ変わらないので、彼の物かと考えたが、彼はかなりの細身であるため、きっと彼が着るとぶかぶかになるだろう。オーバーサイズが好みなのだろうか。
「あの、お風呂と、ありがとうございました。服もタオルまで用意して頂いてしまって……」
「いえ!服のサイズはどうですか?」
「ピッタリです。服を貸して下さりありがとうございます。」
「服?あぁ、それは僕が作ったんです。」
「……へぇ?依央利さんが??あの短時間で??」
「はい。」
顔色も変えず、『疲れた』という素振りもせずに答える彼に対してツッコミたいという欲よりも、こんな人間がいるなんてこの世界は安泰だなという安心の方が勝った。
「すっげぇ……(この人がもしかしてふみやクンが言ってた奴隷だなきっと)」
「ありがとうございます。あ、そうだ。手当しましょう!」
「お願いします。あ、あと電話を貸していただけませんか?仕事場に警察呼ぶので」
「分かりました。電話持ってきますね。」
その後、依央利さんが電話を持ってきてくれて、『自分の仕事場で女子高校生がホストにカッターで怪我を負わせた』と通報すると、ジブンが腹にカッターを刺したまま逃げた10分後に仕事場に警察が来て、ホストたちは無事病院に運ばれ、軽症で済んだらしい。そして、女子高校生も警察に捕まったらしい。凶器のカッターについて話すと『カッターを抜かなかったのは良い判断だがカッターを刺したまま走って逃げるのは言語道断だ』『今こうやって話せてるのが奇跡だから自分の身体に感謝して』と強く釘を刺される。1週間前に手術をしたと伝えたら、もうゲリラ豪雨並みの雷が落とされただろう。しかし、女子高生も逮捕され、ヘルプ達も無事だと分かったことで、ジブンがいちばん恐れていたことが解消された。
電話を切って、依央利さんに電話を渡し、依央利さんが電話を戻しに行ったと同時に半分腰をかけていたソファーにもたれ掛かり、そのまま体を滑らせて寝そべった。一瞬で起き上がるはずだったのに、いつの間にか依央利さんが戻ってきたので、慌てて起き上がる。起き上がって、ソファーを見ると血で汚れていた。
「あ、ごめんなさいごめんなさい!!えと、一瞬のつもりだったんです!!あぁえとその、ホスト達が無事ってこと知って安心しちゃって、わざとじゃないんです!!……い゙っ……てぇ」
慌てて起き上がった為、傷が痛んでくる。『気にしないでください』と彼はジブンに優しく声をかけて、シルクで全身を包みこんでくれそうな優しい笑顔を向ける。そして一瞬だけ彼の底抜けに黒い瞳に、光が宿ったような気がした。
彼は先程の笑顔とは裏腹にテキパキと手当を行う。そのおかげでもう血が流れ無くなった。
「ありがとうございます。本当に助かりました。」
「いえいえ、血が止まって良かったですね!」
「本当に良かったです。それではおやすみなさい。」
もうやることが無くなったので、ふみやクンが言っていた102の部屋に行くことにした。角部屋だと少し喜んだ後、ドアノブを捻る。しかし、ドアノブが全く回らないのだ。鍵穴が無いので、鍵かかかっている訳でもない。
何度もドアノブを捻っても全く動かない為、102の部屋で寝るのを諦め、玄関から家を出て、庭にある木の下で夜を明かし、風で葉がゆさゆさと揺れる音で目を覚ました。ふみやクンが102の部屋を使っていいと言っていたのに、結局ドアも空いてなかった為、野宿をせざるを得なかったのだ。流石にこれは文句を言わないと気が済まないと思うので、木の陰から玄関を凝視して、ふみやクンが外に出るタイミングを伺い、ふみやクンが玄関からでた途端、全速力で駆け寄り、彼の両肩を勢いよく掴む。
「おい……お前さん、騙しやがったな?」
「え……、何?」
「102 の部屋使っていいつったよな?でも開かなかったんだよ!!しかも窓もはめ殺しだし、どういうつもりだ??アキちゃんびっくりなんだけど!?」
「え?マジ??そうだったの?ごめん忘れてた」
「お……前マジでさぁぁぁ!!」
「それでお前どうしたの?」
「あそこの木の下で寝たわコノヤロー」
「マジ?ウケるな」
「そりゃ傍から見たら愉快だと思うけど、こっちはそれどころじゃねぇのよ。」
「ごめんごめん。でも間取り図見たらドアと窓は開かないけど、部屋はあるみたいだから、ドア破壊するなり窓を突き破るなり好きにしていいよ。それで、次の就職先が決まるまでここに居たら?」
ふみやクンの最後の2文でジブンの怒りは灰となり、どこかへと飛ばされてしまった。ジブンはDIYが好きで、いつか古民家を買ってセルフリフォームをして1人でゆったりと生活するのが夢なのだ。仕事に出来なくても趣味として閉じ込めておくのがきっとベストなはずだから。
「よっし、それで手を打つ。部屋も好きにリフォームしていいんだよな?」
「いいけど、好きなの?DIYとか」
「まぁ好きな方だと思う。」
「いいじゃん。やっちまえよ。他の奴らにも話すから」
「おっけ、これからよろしくな。」
そしてジブンは案の定仕事はクビになり、このお屋敷の少し離れたところにある誰も使っていない空き地にテントを立てて、深夜になってからお屋敷に入ってちまちまリフォームしていくことにした。
「……って言うことがあり、この状況になっているわけです。ご清聴ありがとうございました。」
「「「「「「「本当にうちの伊藤ふみやがすみませんでした」」」」」」」
千秋は急に7人から謝罪の言葉や、ふみやに対する言葉が飛び交って、苦笑いを顔に貼り付けるしか無かった。一斉に喋り出すので、千秋の頭はもう大勢から頭を揺さぶられているような感覚に陥る。
「本当にお騒がせしました。あの……このまま転職が出来るまで、こちらで住まわせていただくことは可能でしょうか?無理だったらカプセルホテルとかネカフェを転々としますんで、全然気にしないでください。」
カリスマ達は『うちの伊藤ふみやが悪いんで』と首を縦に振った。千秋は深々と頭を下げて『よろしくお願いします』と言う。
そこから正式に、千秋の仮住まいは始まるのであった。
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