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目が覚めたら、すちが泣いてた。
細い月明かりがベッドの中に差し込んでて、その横顔は、まるで昔のままだった。
いや、違う。大学生になって、少し背が伸びて、髪も少しだけ長くなって、大人っぽくなった。
でも――泣くと、やっぱり変わらない。
僕が高校2年で病気で死んだとき、すちは泣かなかった。
お葬式でも、遺影の前でも、涙を見せなかった。
だから、こうして再会して、眠ってるすちが泣いてるのを見て、
やっと気づいたんだ。
ずっと、ずっと、胸の奥に閉じ込めてたんだな、って。
「……すち」
そっと名前を呼ぶと、まぶたが震えて、僕の方に手を伸ばしかける。
でも、その手は僕をすり抜けて、空を掴んだ。
何度見ても、ちょっと切ない光景。
それでも、僕は――すちの隣に戻ってこれた。
そのことが、何よりうれしかった。
大学は初めての場所だったけど、すちが歩く先にはいつも新しい景色があって、それを見るのが楽しかった。
「すち、今日のパン、もう売り切れてるよ」
「なんでお前がそんなこと知ってんだよ……てか、俺にしか聞こえないっての、忘れないで」
「えへへ、でも当たってたでしょ」
「くそ……ほんとに、便利なストーカー幽霊だな、お前」
すちはいつも、素っ気ないようでいて、僕の言葉をちゃんと拾ってくれる。
触れられなくても、声が届くだけで嬉しくて、
そのたびに、僕の存在が確かにこの世界にあるって、信じられる。
でも。
それが当たり前じゃないってことも、わかってた。
あの日。
すちと歩いていた廊下で、すれ違った男の人と――目が合った。
見たこともない人。でも、はっきりと僕のことを「見て」いた。
「……すち、今の人、僕と目が合った」
「え? 誰?」
「さっきすれ違った……黒色の服の人」
「そんなやついた……? いや、気のせいだろ」
気のせいじゃない。
確かに、見られてた。
誰かに「見られる」ってことが、あんなに怖いって知らなかった。
だって――見えるってことは、消える方法も知ってるかもしれないってことだから。
オカルトサークルの人たちは、悪い人じゃなかった。
みんな、少し変わってて、ちょっと不器用で、でもまっすぐな目をしてた。
特に、らんさんって人の目は、すちと同じだった。
誰かを守りたい、っていう強い気持ちが、言葉の奥に見えた。
だからこそ、怖かった。
「……みことは、俺の大切な友達なんだ。幽霊とか、祓うとか、そんな言葉で、縁を切られるなんて絶対に嫌だ」
すちの声は、まっすぐで。
嬉しくて、痛かった。
僕のせいで、すちがひとりで戦ってる。
僕のせいで、すちが……傷ついてる。
夜道、ふたり並んで帰るとき。
僕はふと、口を開いた。
「……すち、俺ね。たぶん、あの人たちの言ってること、間違ってないと思う」
すちは、何も言わなかった。
しばらく黙って、足を止めて、僕を見た。
僕を――“見てくれた”。
「みことのこと、絶対に消えさせない。誰が何を言っても、俺が――俺だけは、そう言い切れるから」
その言葉だけで、
僕はこの世界に、もう少しだけいられる気がした。
けれど、僕の背中には、確かに影が忍び寄っていた。
昼でも寒気がして、姿がふっと揺らぐときがある。
すちの言葉に、返事をしようとしても、声が出ないときがある。
境界が、少しずつ、曖昧になっている。
それでも――僕は、願ってしまう。
すちのそばにいたい。
もう一度、笑い合いたい。
もう一度……あのとき伝えられなかった、気持ちを――