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めんだこ
#コミカライズ希望
塔の外は、拍子抜けするほど穏やかだった。
草原はどこまでも青く、陽は遠慮なく照りつける。
雲は呑気に泳いでいて——さっきまで“因果”だの“代償”だのと喧嘩していたのが、嘘みたいに小さく感じた。
その真ん中で、ひとりだけ現実に噛みついている影がある。ミラだ。
「ねぇ、何度も聞くけど!なんで一目散に塔を降りたの!? わたし、あいつに超ムカついてるんだけど!」
地団駄。草が可哀想なくらいの地団駄。
ダリウスは、空を見上げたまま歩き続ける。あまりにも呑気な横顔で。
「だってなぁ」
歯切れが悪いのに、言い訳ではない声だった。
オットーは無精髭をぷち、と抜いて、肩をすくめる。
「そうだぜ。目的は達したんだぞ? 別にいいだろ」
“目的”。
その言葉が、ミラの頬を一瞬だけ固くした。治った腕。戻った日常。戻らないもの。
エドガーが遠くを見つめたまま、淡々と付け足す。
「エリーも、生き返らせなんかすれば……説教されますしね」
笑いに似た息が混じった。
その一言に、ミラは返す言葉を失いかける。ダリウスは顔だけを向けて、苦笑する。
「まぁ、試練の件は……納得しろってのは難しいけどさ。結局、何もされてないっちゃされてない。案外、良いやつなんじゃないか?」
「良いやつが人の心で綱渡りさせる!?」
ミラの抗議に、オットーが腹の底から笑う。
「それによ、因果とか事象とかよくわかんねぇぜ。俺はみんなで酒を飲めりゃ、だいたいどうでもいい」
その“だいたい”に、やけに救われる気がした。
エドガーが、肩をすくめて横槍を入れる。
「ええ。せめて老眼だけでも治れば、世界の法則に敬礼していたんですがね——どうやら神さまは、細かい文字が嫌いらしい」
ミラが噴き出しそうになって、でも噴き出せなくて、口元を歪める。
笑うほど軽くない。けれど、泣くほど重くもない。
中年って、たぶんこういう場所に立たされる。
やがて、草原の地平線が割れていく。
道が三つに分かれていた。
オットーが親指で片方を指す。
「じゃ、俺はこっちだな」
エドガーはもう片方へ、自然に足先を向ける。
「私は向こうですね」
ダリウスは二人の背中を見た。目を細める。
何を言えばいいのか、わかっているのに、どれも違う気がした。
「……またな。みんな、元気でな」
“またな”。
それは軽い挨拶のふりをして、実は重たい。
大人になると時間が早い。五年も十年も、冗談みたいに過ぎる。
次に会う約束をしない「またな」は、ときどき——今生の別れの可能性を、黙って内側にしまう。
三人は、互いを見つめ合った。
“さよなら”は言わない。
言ってしまったら、終わりの形が確定してしまうから。
そして、誰もがうっすら思っていた。
もう会えないかもしれない。
でも、それでもいい。
会えなくても、ここまで一緒に来た事実は消えない。
塔の中で並んだ背中も、酒の苦さも、笑い損ねた沈黙も、全部——ちゃんと持って帰れる。
三人が背を向け、それぞれの道へ歩き出そうとした、その時。
空気を読まない声が、いつもの調子で飛んできた。
ミラは満面の笑顔で、指を顎に当てて右上を向く。
——深い余韻も、今生の別れの気配も、ぜんぶ霧散させる角度だ。
「次っていつ? 来週かな? 私、学校が再来週から春休みだから、そこでいいよ!」
三人の足が、ぴたりと止まった。
——ミラ。
——そうじゃない。
——今、ここは「じーん」で閉じるところだ。
誰も口にしない代わりに、三人の顔に同じ字が浮かぶ。
(空気……!)
ダリウスが一番に崩れた。慌てて両手をミラに向けてぶんぶん振る。
「あっ、あのな……違う。こう……なんて言うんだ、“じーん”っていう感じで終わる空気だったろ?」
ミラは不満げに腕を下に振り下ろす。納得がいかない、というより——納得する気がない。
「えー、もったいないよ! みんな、せっかく再会できたんだから! 次の冒険はどこに行く!? 私、転移しないダンジョンにも潜ってみたい!」
背中を向けていたはずのオットーとエドガーが、同時に「ぷっ」と吹き出した。
堪える間もなく笑いが広がっていく。腹の底から、こらえきれないやつだ。
先に振り向いたのはエドガーだった。笑い涙を指で拭い、観念したように息をつく。
「……わ、わかりました。再来週、初心者でも行けるダンジョンがあるので——一緒に行きましょう」
オットーは腹を抱えながら振り向き、もう言葉が追いつかない。
「腹がいてぇ……! エドガー、あそこだろ、エンデルス洞窟! 俺たちが初めて行った!」
ダリウスもついに折れた。腰に手を当て、くすくす笑いながら首を振る。
「ほんと、ミラは特待生だからな……よし。再来週、俺の家で集合な。飯、用意して待ってるよ!」
オットーがガッツポーズを作る。元気が回復する音がした。
「やったぜ! 肉にしてくれよ! 肉!」
エドガーは腕を軽く組み、いつもの嫌味を忘れない。
「良いワインがあるんです。……オットー以外で乾杯しましょう」
ダリウスが肩を揺らして笑う。
「そうしよう。オットーは禁酒だ!」
「おいおい、勘弁してくれよ!」
草原の風が、四人の間を抜けていく。
さっきまでそこにあった“別れの形”は、上手に崩れて、代わりに“次の約束”になった。
もう会えないかもしれない——なんて覚悟を、ミラは軽々と踏み越える。
踏み越えられた三人は、悔しいほど救われた顔で笑ってしまう。
世界を好き勝手に書き換える力より、
再来週の集合時間と、誰が何を持ち寄るか——
その程度の話をしていられる日常のほうが、今の彼らにはよほど手触りがあった。
こうして。
無理と無茶と……無謀な中年たちの、奇跡を求めた冒険は終わった。
第一部 完
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第一部は、ここまでです。
第二部?……ええ、可能性はあります。
書くかもしれないし、書かないかもしれない。
書くとしても「明日」かもしれないし、だいたい「十年後」かもしれない。
つまり――作者の気分と体力と老眼の尿酸値の機嫌次第です。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
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