なんとなく『夢』に対する対策が出来たところで、しばらくの間オスルェンシスの実家でのんびりと過ごす事になった。
元々そういうつもりで動いていたネフテリア達は平然としているが、予定を聞かされていなかったミューゼ達はジト目でネフテリアを睨みつけている。
「あはは、ごめんね。クリエルテスでもそうしてたって聞いたから、伝えるの忘れてたわ」
1日をこの場で過ごすその理由は、こんなにも早く手段が確定すると思わなかったというのもあって、時間が空いてしまったというのもある。それともう1つ、出かける前に時間を作りたい理由があった。
「これでミューゼの事をじっくり観察出来るわ。むふふ」
ゲシッ
「そんな風に近づかないでください、殴りますよ」
「そーゆーのは蹴る前に言って!?」(黒とはなかなかやるわね……)
セクハラ発言で撃退されてはいるが、空いている時間でミューゼの魔法の調査と特訓を少しするつもりなのだ。
オスルェンシスの影経由で家の屋上へと移動し、ネフテリアが手本を見せてはミューゼにやらせてみる。掌に魔力を集める。体中から魔力を発する。火を出す。風を起こす。そして植物を伸ばす。
様々な形で魔法を発動しているのを、少し離れた場所からアリエッタがキラキラした目で見ていた。
「わあ~」(魔法だ! みゅーぜの魔法だ! てりあのも凄い!)
「おっとっと……珍しく興奮してるのよ。やっぱり魔法大好きなのよ?」
「判明しているアリエッタちゃんの好物ですね。しかしプレゼントのしようが無いといいますか……」
「とりあえず紙は確定なのよ。普段より大きな紙を見せたらどうなるのよ?」
「ふむ……候補にいれておきましょう」
興奮するアリエッタを抱っこしながら、パフィとオスルェンシスがアリエッタの好物について話している。確実に喜ぶお絵かき用の道具はもちろん、これまでのアリエッタの挙動を思い出し、好きそうなものを挙げていく。
「……候補も少ないですね。もう少し外に出してあげた方がよろしいのでは?」
「うっ……今度から外出増やすのよ……」
新しい服の事もあるが、もとよりアリエッタの見た目の良さのせいで、外に出るとひたすら目立つ。相乗効果で常に一緒にいるミューゼとパフィも、かなり目立つ存在となっていたりする。
王女や人気食堂のヴィーアンドクリームの店長と仲が良く、そして最近躍進中のフラウリージェにも出入りしているせいもあって、ニーニルで1番の美人三姉妹として有名になっているのだが、本人達は知らない。
ただ、視線が刺さって出歩きにくいなーと思っていたので、人より外出頻度が少なくなっていたのは確かである。
(うーん、ミューゼさんの家の警護、増やした方が良いかもしれませんね。それに……)
本人達に自覚はなくとも、ネフテリア達はしっかり把握していた。実は数日泊まっていた時に、家の近くにある空き家を買い取り、こっそり女性の兵を置いて警護をしていたりする。もちろんバレないように、普通の暮らしをしている。
オスルェンシスはミューゼ達を護衛しながら情報も得る為に、普通のご近所さんとして仲良くなってもらおうと画策するのだった。
「逆にこの子の苦手な物ってなんですか?」
「苦手だったら……うん、着せ替えなのよ」
「あっ……」
以前に王城でアリエッタの心を壊した連続着せ替え行為。やりたい気持ちは分からなくもないが、やられた方はたまったものではない。
メイド達やフラウリージェ店員達には、アリエッタが言葉を理解して、ちゃんと本人に了承してもらったら構わないという事で落ち着かせてある。しかし、その時の為に沢山の服が選別されている事は、オスルェンシスですら知らない。
「落ち着いたら、まずはニーニルの商店街から一通り回ってみるのよ。エインデルブルグは広すぎるのよ……」
「ネフテリア様にも関係あるので、同行してもらって魔動機を使うといいですよ。荷物にも困らなくなりますよ」
そんな雑談をしていると、ミューゼとネフテリアが近づいてきた。
「みゅーぜ! まほう!」
「あらら。アリエッタちゃんってば興奮しちゃって。教えられるなら、いくらでも教えてあげるんだけどなぁ」
「つ、つかれたぁ~」
どうやら一通り調査が終わった様子。考えうる限りの属性や発動方法を試す事で、現時点でどういう魔法が向いているか、なんとなく分かる程度の調査である。
「ここまで細かく調べるのは、新入りの兵士くらいだからね。本来ならこれに身体測定も加えるんだけど、ミューゼには必要ないからねー」
「兵士って凄いですね」
能力が分かっていれば、配属も振り分けやすい。シーカーは得意分野のみ調べられるので、そこまで苦労しないのだ。
「その結果、ミューゼは魔の属性がからっきしねぇ。その代わり、水、地、命の魔法はバケモノ級だけど」
「バケモノて……」
「だって植物を創り出すんだもの。植物魔法はその3属性の複合魔法ってところかしら」
「へー」
「へー…って。まぁミューゼの家系が凄いって感じかな。おばあ様から受け継いでるみたいだし」
「命属性が凄いって言われても、あたし治療は苦手ですよ?」
「んー……たぶん植物の治療なら余裕なんじゃない? 人の治療が出来ないって、特殊過ぎるわよ」
ネフテリアが命の魔法について一番最初に学んだのが治療魔法。怪我を直す事を初歩とする魔法なのだが、ミューゼはそれを人に対して使うのが苦手なのだ。
「しかも、魔法の基礎を学ぶ魔属性が使えないって、そういう事もあるのね。お姉さんビックリだわ」
「ぐぅ……だって知らなかったんですもん」
「……そっそこはちゃんとサポートするから、安心していいわよ」(悔しがるミューゼ、可愛い!)
魔の魔法は魔力を操作する上で、一般的には最初に学ぶ魔法である。魔力の動かし方、放出の仕方、変換の仕方などを覚えるには、本来必須なのだ。
公的な学び方をせずに、家の技術を継ぐという方法で魔法を学んだミューゼは、植物に特化し過ぎた異端な魔法使いになった、という訳である。
「これに関しては、後でレポートまとめますか」
「あの、それで探知系の魔法は……」
「えっと……残念だけど、ミューゼには無理かなー」
「ええっ!?」
ミューゼの魔力が植物操作に馴染み過ぎているのか、魔力をそのまま対外へ放出する事が全くと言っていい程出来ていない事に、ネフテリアは気づいていた。
才能が無かったのではなく、才能を植物方面に特化し過ぎた結果である。
「えっと、あー…逆にミューゼの魔法は他では真似出来ないから、むしろ誇ってもいいのよ? ミューゼの代わりは誰も出来ない証拠なんだからさ。それに家庭の事情も絡むし、ね?」
誰にでも出来る事が出来ないという事実に、すっかり落ち込んでしまったミューゼ。クリエルテスの時よりも暗い。
そんなミューゼをなんとか励まそうとネフテリアが語り掛けている。もちろん内心は、このまま優しくすれば懐いてくれるかもしれない…という下心満載ではあるが。
「シスさん、寝室お願いするのよ。これはしばらくアリエッタと2人きりにしてあげた方がいいのよ」
「わかりました」
この後、寝室にミューゼとアリエッタだけ放り込まれた。アリエッタはもちろん抱き枕役である。
食事の時間になって、パフィが呼びに行った時には、ミューゼは元気を取り戻していた。しかし、抱き枕は真っ赤に茹で上がり、ミューゼに抱えられ、両手で顔を隠しながら足をプラプラさせている。
「……何をしてたの?」
「えへへ、アリエッタに元気いっぱい貰っちゃった」
ミューゼは決して詳細を語ろうとはしなかった。
次の日……
「えっ、日が変わってたの?」
「たしかに寝たけど……」
シャダルデルクに昼夜の差は無い。外は白、内は黒、それだけなのだ。
寝る時は床を黒に反転させて、明るさを無くす。それが家の中での暮らし方である。
「あたし、このリージョンに馴染む自信は無いなぁ」
「わたくしもよ。なんとなく暮らしてたら慣れるらしいけど」
時間の概念が曖昧すぎるからか、シャダルデルクには時計が沢山売られている。ファナリアの時刻を元にして、20の時を刻んでいる。影を使った物、魔法を使った物など、その種類は様々で、様々なリージョンの技術を使って作られてもいる。
その結果、時計といえばシャダルデルクという地位まで確立していた。
「時計欲しかったら、帰りに買ってあげる。今は夢らしき生物が目撃されたあの山まで行くわよ」
ネフテリアが指差した先にあるのは、上部が歪な塀のようなシルエット。
「え、山?」
「どこにあるのよ?」
「うーん、やっぱりか」
首を傾げる2人を見て、苦笑するネフテリア。
「2人とも、あの黒いの何だと思う?」
「……建物?」
「モジャモジャなのよ?」
「パフィさんもうちょっと何か考えましょうよ……」
ミューゼとパフィはそれが離れた場所にあるという認識はしているのだが、地面と同じ黒一色である為、どれくらい離れているのか、そして何なのかを判別できないでいる。
「あれはかなり離れた場所にある山よ」
『えっ……』
「徒歩でいけば数日かかりますね」
『ええっ!』
光や色の濃淡が無ければ、距離感はほぼ掴めない。ミューゼ達はもちろん、ネフテリアの目にも、それはただの平面シルエットにしか見えない。
ただし、シャダルデルク人にだけは立体的に視えているようだ。リージョンによる生態の違いであろう。
「家までは案内していたので、何かにぶつからないように歩けましたけど、自分抜きで歩くときは気を付けてくださいね。ネフテリア様も壁にぶつかりまくってましたから」
「しょうがないじゃん……見た目で距離分からないんだし」
目を凝らして、どうにか距離を把握できないかと試すミューゼ達。他リージョンから仕入れた品を飾ってある家などは距離が測りやすいが、そうでない場所は目の前にあるのか遠くにあるのかも分かり難い。
周囲を見ることに四苦八苦するその横で、アリエッタはキラキラした目で影の世界を観察していた。
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