第15話:声なき詩
深夜0時。
管理区域の通信制限が緩むこの時間帯、ミナトはひとつの決断をした。
“詩を、匿名で流す”。
声を名乗らず、正体も明かさず、
ただ言葉だけを、ネットの底に送り出す。
彼の端末は、正規回線ではなく旧規格の無認可接続機能を使用していた。
かつて祖父が改造していたデバイス。
すでに廃止された規格のため、AIの自動検知が遅れる“盲点”だった。
ミナトは、モニターの前で静かに文字を打つ。
目の下には薄いクマ、灰色の制服は椅子に掛けられたまま。
黒髪は寝癖まじりで乱れている。
けれどその指は、一切の迷いなく動いていた。
> 「声を持たない僕が、
> それでも伝えたかった言葉がある。
> 誰も気づかなくていい。
> でも、ひとりでも“聞いた”と思ってくれたなら、
> それだけで、生きてよかったと思える。」
送信ボタンを押す。
音はない。反応もない。評価もない。
でも、ミナトの中には確かに、ひとつの“何かが届いた”という感覚があった。
次の日の朝。
学校では、いつも通りAIの音声がホームルームを開始していた。
「今週の推薦作品:なし。今週の問題投稿:ゼロ件」
何も起こっていないように見えた。
だが、その裏で――
旧式掲示板アーカイブに、“詩”というタグが静かに増えていた。
放課後、ナナがミナトの席に来た。
「ねえ……昨日、ネットで、たった4行の詩を見つけたの」
「匿名で、タグも何もない。だけど、あれ……君だよね?」
ミナトは驚いた顔をしたが、すぐに目を逸らした。
ナナは笑った。
「やっぱり、君は声を出さないまま、
一番“叫んでる”」
その夜、ミナトはまたひとつ、詩をアップロードした。
> 「名もなく、
> 点数もなく、
> 誰にも気づかれなくても
> この言葉が、
> 誰かの“息”になるなら――」
その投稿には、匿名でひとつだけ“既読”マークがついた。
誰かが読んだ。
誰かが、見つけてくれた。
それは、スコアでは測れない**“世界との接続”**だった。
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