第16話:削除と再投稿
翌朝、6時15分。
ミナトの端末に、ひとつの通知が届いた。
【あなたの投稿は、社会不安誘発リスクのため削除されました】
【該当タグ:“詩”/削除理由:“不特定対象への感情的共鳴”】
文面は機械的で冷たい。
だが、その一文が示していることは、“誰かが感じた”という事実だった。
ミナトは無言で朝食ユニットを受け取る。
今日のメニューは「思考活動促進型スタンダード食B」。
無味無臭に近いパッケージは、“考えすぎない人間”を最適化するための栄養配分だった。
登校中、ナナが小声で話しかけてきた。
「……ねぇ、昨夜の詩。消されてたよね?」
ミナトは頷く。
「でも今朝、もう一度上がってた。
違うIDで、違うタグで。でも、全く同じ詩だった」
ミナトの目がわずかに揺れる。
「誰が……?」
ナナは首を横に振る。
「わかんない。でも、その人だけじゃなかった。
その詩のあとに、似た言葉、似たリズムの“返詩”がいくつも並んでた。
もう、“誰が最初か”わからないくらい」
教室。
端末を通じて配信されるAIニュースの中で、警告が流れる。
「近頃、無認可感情投稿が増加傾向にあります。
皆さんの“安全と秩序”のため、共有・共感は慎重に行いましょう。」
クラスメイトたちは無表情でうなずく。
だが、その背後で――
複数の生徒がこっそりと旧端末を操作していた。
昼休み、ミナトは非常階段の踊り場でログを確認する。
自分の詩の再投稿者は不明、だがその投稿には次々とコメントがついていた。
> 「声にならない声って、あるんだね」
> 「読みながら泣きそうになった。理由はないけど」
> 「わかんないけど、これが“僕の言葉”のように思えた」
誰が、どこから、どんな思いで投稿しているのか――わからない。
でも、確かに**“誰かが消されるたび、誰かが書き直している”**。
ミナトの心に、初めて「自分はひとりじゃない」という実感が灯った。
その夜、ミナトは短い詩をアップした。
> 「誰が書いてもいい。
> 誰の言葉でもない。
> でも、これが“僕たち”の声になるのなら――」
投稿してから1分も経たずに削除された。
が、10分後には違うIDで“同じ言葉”が再投稿されていた。
ミナトは画面を閉じ、そっと微笑んだ。
その笑みは、AIのセンサーには検知されなかった。