1日のスケジュールをやっと終え、自宅に帰り着く。
うまく働かない頭で、部屋着へ着替えなければとは思うものの、その体力は残っていない。ゲームでいうところの、HPのバーが赤く点滅してる状態だ。あと一撃でも喰らったらゲームオーバー。
倒れ込むようにソファへ寝転がり、長いため息を吐く。疲れた。今日は本ッ当に疲れた。
映画撮影にドラマの本読みにレコーディングにメディア取材が3件。
仕事があるのはありがたい。自分を必要としてくれているということだし、期待されている分しっかり返したいとも思う。
でもやっぱりそれがプレッシャーにもなるしストレスにもなるから、疲れるもんは疲れるし、しんどいもんはしんどい。しんどーい。
(…やっぱ、勇斗ってすげーんだな…)
自分とは比にならない位の仕事量を、涼しい顔してこなしている勇斗の顔が浮かんで。浮かんだが最後、無性に声が聴きたくなった。
ううん、声じゃなくてもいい。そんなわがままは言わないから、せめてなにか、やり取りだけでも。
ズボンのポケットからスマホを取り出し、画面を見れば現在時刻は1:25。
ド深夜じゃん、絶対寝てるわ。それか寝ようとしてるところか。こんな時間に連絡するなんて迷惑以外のなにもんでもないぞ。頭ではわかっているのに、いつもなら利くはずのブレーキが、今日はきかない。
メッセージアプリをタップして、おつかれと打ち込み送信。そして送信したと同時になにやってんだといたたまれなくなってスマホを放り投げる。
ほんと、なにやってんだ。あいつだって仕事で、たぶん俺より疲れているはずだし俺なんかに構ってる場合じゃないのにさ。
軽く自己嫌悪に陥っていると、数分もたたないうちにスマホから着信音が鳴り、びくりと体が跳ねる。
高速でラグの上に投げ捨てたスマホを拾い上げると、画面には、今いちばん声が聴きたかったやつの名前が表示されていて。
「…なに」
『ははっ、なにってお前。お前からメッセージ送ってきたんだろ』
スマホから聞こえてくる、夜中だからか少し低いトーンの声に、どうしようもなく安心して体から力が抜ける。
「…ごめん、寝てたでしょ」
『いんや、まだ起きてたよ。そっちは?今仕事終わった感じ?』
「ん。」
『お疲れぇ〜、大変だったね。売れっ子じゃん仁人』
「お前に言われたかないわ。てか、売れっ子って久々に聞いたんだけど」
『嬉しいっしょ。よっ、売れっ子じんちゃーん』
「うるせぇなぁ」
途中で謎のミュート中断ノリもありつつ、しばらくたわいのない話をして笑って。そのお陰でだいぶ気力が戻ったのを感じる。HPのバーでいうと、ギリ緑になったくらい。なんでもかんでもゲーム脳だな俺。
一度スマホを耳から離して時間を確認してみれば、現在時刻は2:17。1時間弱も話していたらしく、さすがに慌てて勇斗に謝る。
「てかごめん!もう2時半なるわ。勇斗も明日、ってか今日仕事あるよね?」
『あー、あるっちゃあるけど』
じゃあもう切るわ、と言いかけたら。
電話の向こうでなにやら誰かと話している様子が伺えて、ざわりと、一気に気持ちがささくれ立つ。
「…え、今誰かといんの」
『んー?あぁ、ちょっとね』
「ちょっとて…誰、マネージャーさん?」
『そんな訳ないやろ。なんでこんな時間までマネージャーさんとおらなあかんねんマネージャーさんがかわいそうだわ』
笑う勇斗に、少しだけ腹が立つ。そんな訳ないのは、そりゃわかってるけど。こんな時間帯に誰といるのか無性に気になって、問い詰めたくなる。なんでだよ誰だよそいつ。俺だってお前に。
「なに、俺の知ってるひと?」
『知ってるひと、ではないんじゃない?だいぶお世話にはなってるけどね』
「なんそれ。なのに俺知らないんだ」
『知らないと思うねぇ、名前までは』
「……俺には、言わない感じ?」
『言わないっつうか言えないっつうか知らないっつうか』
「は?」
『答え合わせ、する?』
ピンポーンと来客を告げるチャイムが鳴り、心臓が潰れるんじゃないかってくらいびっくりする。まさか
急いで玄関へ向かい、鍵をあけて扉を開けば。
「『さっきのねぇ、タクシーの運転手さん』」
空いた口が塞がらない俺に向かって、スマホを耳に当てたまま、勇斗は歯を覗かせ、くしゃっと笑う。
「『声聴いたら顔見たくなっちゃってさぁ…来ちゃった♪』」
音符付きで、おどけててへぺろって顔をする勇斗に、うまく笑えず微妙な顔で吹き出す。
「……全然可愛くない」
「お前さぁ、」
半笑いで何か言いかけた言葉を遮り、目の前の勇斗に、思い切り抱きつく。
うおっ、と声を上げてバランスを崩しそうになりながら、勇斗はそれでも俺を受け止めてくれた。
肩口に顔を埋めて、思い切り息を吸い込む。嗅ぎ慣れた勇斗の匂いに、HPバーが満タン近くなるのが分かる。
どうだびっくりしたろ。こんなこといつもの俺ならしたくてもできない。でも、今ならできちゃうんだなこれが。なぜなら、俺は今死ぬほど疲れているから。
…会いにいてくれたのが、本当に本当に、死ぬほど嬉しかったから。
大きな手のひらが、優しく背中を撫でてくれる。
「…おつかれ、仁人」
耳元で囁いて、強く抱きしめ返してくれたことに、うっかり胸がいっぱいになって、不覚にも泣きそうになった。
なかなか消化できない思いも
溜め込んでしまうしんどさも
いつだっていちばんに癒してくれるのは
あなたのその、優しさだったりする。
end.
愛を込めて
大したものお届けできず申し訳ないです..
リクエスト本当にありがとうございました^^
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