人の邪魔にならないように歩道の端の木の影に寄って、静かに深呼吸を始めた時だった。
「あ。どうも、おはようございます」
耳に届いた声に、ほのりは勢いよく振り返った。
「……え」
見知らぬ人に声をかけられてしまった。
そんなに挙動不審だったのだろうかと、ほのりは姿勢を正した。
百七十近くある身長に、三センチとはいえど高さのあるパンプスを履いてしまっている。
覚えているところで、少なくとも小学生の頃からすでに”デカ女”やら”巨人”やら。
付き合った男には”圧迫感がすごい”やら。
それはもう言われ放題で、しかしキャラ的に落ち込むなんて姿は見せたくもなく。
笑いながら、せめて……と、少しでもスッキリ見えてくれるように考え、髪型はずっと短くボブで定着させている。
しかしそんな努力如きでデカさの圧など消えないのもまた事実。
(デカいうえに挙動不審って、そりゃ朝の眠たい時間帯でも目につくわ……)
「吉川さんですよね?」
小首傾げながら初対面であるはずのほのりへと朗らかに話しかけてくれたのは、小学生の頃からデカイとからかわれ続けた長身をもっても目線を少し上げて視線がかち合う長身の男の人。
おそらく百八十センチは余裕であるんじゃないだろうか。
(……あれ)
けれど目はクリクリと大きくて懐っこく、ウェーブがかった柔らかそうな髪の毛が陽の光に照らされて淡い栗色を黄金のように輝かせている。
初対面だと思った自分に疑問を抱いた。
(可愛い顔……の、長身……ふわふわした、髪の毛)
この顔を知っている。
「……は?」
記憶にあるのは、こんな、朝陽に照らされた姿じゃないけれど。
「……え、なん、なんで?? てかなんで私の名前」
……名乗ったかもしれないけれど、さすがに苗字までは伝えていなかったはずだ。
男性はうろたえたほのりを見てだろうか。
満足そうに頷く。
「関東から異動してくる女の人がいるって聞いて、どんな人やろなって、何人かで、えーっと何やっけ……社内図鑑? 各支店の総務で作ってるやないですか、名簿みたいん」
「あ、ああ……はい」
突然会社の話になったものだから、ますます意味がわからない。
「それ、何人かで関東のん、支店長から借りて見たんすよね」
新年度に各社員の顔写真と今期の目標などを載せた社内誌のことだろう。『ゴーゴー!ラインズソフト』なんていう、社名の入ったかなりだダサめのタイトルロゴの表紙を思い出した。
(いやいやいや!! そんなことより)
軽く首を振り、ダサめのタイトルロゴで頭の中を支配している場合ではない!と、手を伸ばす。
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