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テラーノベル(Teller Novel)
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僕は彼女、鶯と離れてしまったこともそうだが、困っていた。この耳のデバイスとやらがずっと耳についているせいで、耳がひどく痛い。かなり重くズッシリとした感触が、ずっと僕の頭の中に残り続ける。それと同時に、嫌な記憶が頭をよぎる。少しでも体調が悪かったり、ネガティブなときは、あのことを思い出す。忘れられない、中学3年目の夏。思えばその日も、雨が降っていたっけ。


「とばりっち、ノート見してよ」

そう言ったポニーテールの女の子は、僕にはにかむような笑いを見せる。顔の前で手を合わせて頼み込んでくるのを見て、僕は思わずノートを貸す。

「ありがと助かる!」

と言ってそそくさと自分の席に戻り、自分のノートに僕のノートの内容を写していた。シャーペンのシャッシャッという音が隣の席の僕にはよく聞こえた。そのまま授業開始のチャイムが鳴り、先生が教室へ入ってくる。女の子は写すのをやめ、先生のところへノートを持って駆けていく。

「先生!社会のノート、終わりました!」

「藍沢(あいざわ)、そのノートは1週間前に提出するノートだぞ」

「ギク。そ、そんなこともありましたねぇ」

藍沢という女の子は、わざとらしく口でギク、と反応を返しながらも、先生の顔色をうかがっていた。

「ごまかすな。まぁ今回は見逃しておいてやる、次からちゃんと出せよ?」

「はぁい」

気の抜けた返事を返す藍沢さん。席に座ると、

「ありがととばりっち、おかげで助かった」

と小声で僕に礼を言った。そのまま授業が始まり、僕はノートを開く。始まって10分ほどして窓際のほうを見ると、ポツポツと雨が降り出した。ふと視線を落とすと、机に突っ伏して藍沢さんが寝息をたてていた。僕は彼女を覗き込み、肩を叩いて起こす。彼女は勢いよく体を起こし、その勢いで僕は顔をぶつけてしまい、痛みで思わず鼻のあたりを抑える。藍沢さんが、

「ふぇっ!?ごめん!大丈夫!?」

と謝ったので僕は、

「大丈夫」

と返す。しかし勢いが良すぎたのか、はたまた当たりどころが悪かったのか、口に血の味がする。鼻血が出てしまったようだ。

「わわわ、大変だこりゃ。ティッシュティッシュ」

と藍沢さんがポケットやカバンを慌てて探る。

「大丈夫だって」

「だめ。制服汚れちゃうよ!ティッシュ持ってなかったから、保健室行こ!先生!烏崎君が体調悪そうなので!保健室に連れていきます!」

「おい!藍沢!」

先生の制止を聞かずに、既に席を立ち上がる藍沢さん。僕は思わずどきっとした。だめ、という言葉に、やけに色気を感じた。まるで諭すように僕に言う彼女は、無理やり僕を保健室へ連れ出した。保健の先生は留守だった。「とばりっちは座ってて」と僕をベッドに座らせ、藍沢さんはすぐに棚からティッシュを見つけ、僕の鼻に挿し込む。

「しばらく、ここでサボろっか、鼻血止まるまで」

「本当に大丈夫だってば、それに、藍沢さんはサボりたいだけじゃないのか」

「えー辛辣だね、とばりっち。いいじゃない、たまには」

「藍沢さんはいつもサボってるだろ」

「失敬な、いつもじゃないよ!」

「てことはサボったことはあるってことか」

「あ、しまった、だましたな!」

「僕は何もしてないだろ」

「むー。なんか納得いかないなぁ。ま、いいや、隣座っていい?」

そう言って、ベッドに座る僕の横に、藍沢さんは腰掛ける。かなり距離が近い。彼女は誰に対してもいつもこうだ。そのおかげか僕と違って友達が多く、その容姿も相まって、何度か告白もされたらしい。全て断ったらしいが。もっとも友達のいなかった僕には、それが真実かはわからない。ただ僕が、少なからず彼女に好意を抱いていたのは確かだ。隣の席になってから、彼女は僕によく話しかけてくれた。そんな彼女が、僕は好きだったし、今この状況が嬉しくないかと言われれば、そんなことはなかった。そんな僕に対して、隣に座った藍沢さんは、ゆっくりと口を開く。

「ねぇ、とばりっちってさ、彼女いたことあるの?」

僕は焦る。意中の相手からそう聞かれれば、誰だってどう答えるべきか考えるだろう。いた、と答えれば嘘になるし、かといって、誰かと付き合ったことなんてないと正直に答えるのもなんだか情けない。とりあえず僕は正直にいなかった、と答える。すると藍沢さんは、「そっか」と一言こぼすだけで、それが正しい答えだったのかを教えてはくれなかった。そのあとしばらくの間、他愛もない話をして、誰もいない保健室で談笑した。窓から見える外では、雨が本降りになり始めていた。やがて終礼のチャイムが鳴り、授業終わりまで話し込んでしまっていたことに気づいた。僕はその時初めて、授業をまるまるサボってしまったのだ。

「あ、もうチャイム鳴っちゃったね」

「そうだな、もう戻らないと」

僕がティッシュ箱を元の位置に戻し、ゴミを捨てていると、その背後から藍沢さんがポロッとつぶやいた。

「…とばりっち、付き合ってよ」

僕は驚いて後ろを振り返る。今なんて言った?と聞き返したくなるほどの驚きだった。見ると彼女は少し頬を赤らめて、下を向いていた。彼女は続けて言う。

「わたし、とばりっちが隣の席になってからさ、最初はなんとも思ってなかったんだけど、なんか、雰囲気とか、話すときちゃんと目を合わせてくれるとことか、いろんなとばりっちのいいところが、いつの間にかとってもよく見えてきてさ。他の男の人と違って、わたしのことちゃんと友達として接してくれるし」

彼女が言う言葉が頭に入ってこない。胸が高鳴る。これは現実なのかとすら疑い始める。固まる僕に、彼女はまだ続ける。

「わたしのこと、なんとも思ってないかもしれないけど、なんか、今言いたくなった」

「あ、藍沢さん、急に言われても」

「そ、そうだよね、急にごめんね、こんな事言われても迷惑だよね」

「いや、迷惑なんかじゃない。すごく嬉しい」

「え、ほんと?」

「うん、ごめん、急だったからびっくりして」

「それはホントにごめん」

「いや、謝らないでいいよ。僕も君のことは好きだから」

「え、え、じゃあ」

体が熱い。緊張で頭が回らない。何を言うべきか浮かばない。心なしか息も上がる。僕は先程より高鳴る胸を抑えながら一言、絞り出すように言った。

「ああ。付き合ってくれ、藍沢さん」

「はい」

こうして僕らは、晴れて付き合うことになった。外で降りしきる雨は、さらに雨足が強まり、2人に梅雨入りを告げるように、保健室は雨音に包まれた。

カラスときどき、恋時雨(からすときどき、こいしぐれ)

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