テラーノベル
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夏祭りの提灯が灯り始めた、駅前の広場。
私は慣れない浴衣の裾を気にしながら、待ち合わせの時計台の下に立っていた。
「……遅いなぁ、工くん」
いつもは部活で誰よりも早く動く彼が、珍しく約束の時間を数分過ぎている。
(……もしかして、緊張して家を出るの遅れた?)
そんなことを考えてクスクス笑っていると、「ま、前原!」という聞き慣れた、でも少し上ずった声が背後から響いた。
振り返ると、そこには紺色の浴衣をピシッと着こなした工くんが立っていた。
いつもよりワックスで整えられた前髪と、少し背伸びをしたような着こなし。
「ごめん! あ……いや、忘れ物をして……!」
「ふふ、大丈夫だよ。工くん、浴衣似合ってるね。かっこいい」
私がいつもの調子で微笑むと、工くんは「……っ」と言葉を飲み込んだまま、金縛りにあったように固まった。
鏡の前で何度も練習したはずの『前原、浴衣似合ってるな』という爽やかなセリフは、私の姿を見た瞬間に、彼の脳内から綺麗さっぱり消え去ったらしい。
「……工くん? どこ見てるの?」
「あ、……あ、……」
工くんの視線は、私の浴衣の柄から、少しだけうなじが見える髪型、そして薄く紅を引いた唇へと、おどおどと彷徨っている。
「……前原」
「なあに?」
「……綺麗だ」
ポツリと、無防備に溢れた本音。
からかう隙もないほど真っ直ぐな、熱を帯びた声。
今度は私の方が、心臓を直接掴まれたような衝撃でフリーズした。
「……っ、あ!! 今のは忘れてくれ! いや、忘れるな! その、つまり……!」
自分の言葉の破壊力に後から気づいた工くんは、顔を耳まで真っ赤にして、バタバタと両手を振り回した。
「……な、慣れない格好をしてくるからだ! お前が悪いんだぞ、前原!」
「……っ、ひどいなぁ。せっかく工くんのために選んだのに」
私はわざと俯いて、赤くなった顔を隠した。
(……やられた。準備してたのは、私の方だったのに)
「……行くぞ、前原。はぐれるなよ」
工くんはぶっきらぼうに言い捨てると、私の手首をそっと、でも力強く掴んだ。
「手を繋ぐ」勇気はまだないみたいだけど、その手のひらから伝わってくる熱量は、夜の空気よりもずっと熱い。
「……工くん」
「なんだ!」
「……今日は、からかわないで あ、げ、る(笑)」
「……当たり前だ! 今日は、俺がお前を……楽しませる日なんだからな!」
そう言って前を歩く彼の背中は、やっぱり少しだけ、いつもより頼もしく見えた。
夏祭りの喧騒の中、香ばしいソースの匂いと太鼓の音が混ざり合う。
工くんは私の手首を掴んだまま、人混みをかき分けて一軒の屋台の前で足を止めた。
「……射的か。工くん、得意なの?」
「当たり前だ! 俺のコントロールをなめるなよ。……前原、何が欲しい」
腕まくりをして、コルク銃を構える工くん。その目は、牛島さんのスパイクをレシーブしようとする時と同じくらい、いや、それ以上に血走っている。
「えー。じゃあ、あの奥にある白鳥のぬいぐるみ。……工くんみたいで可愛いし」
「……し、白鳥!? よし、見てろ!」
「可愛い」という言葉にふふんっどや顔し、工くんは一気に集中モードに入った。
周りの子供たちが「すげー、あのお兄ちゃん本気だ……」と引き気味に見守る中、彼は一歩踏み出し、銃口を固定する。
パァン! と乾いた音が響く。
放たれたコルクは見事に白鳥の胸元を射抜き……けれど、ぬいぐるみは少し揺れただけで落ちなかった。
「……っ、浅いか……!」
「あはは、工くん、惜しい! エース君でも外すことあるんだね?」
私が横からクスクス笑うと、工くんは「外してない! 威力が足りなかっただけだ!」と真っ赤になって反論した。
彼はすぐさま追加の弾を買い込み、今度はさらに腰を落として構える。
「(……次は外さない。前原に、かっこ悪いところは見せられないんだ!)」
彼の心の声が漏れてきそうなほど、真剣な横顔。
不器用で、真っ直ぐで。私のためにこんなに必死になってくれる姿を見ていると、からかう言葉も喉の奥に引っ込んでしまう。
パァン!!
二発目。コルクはぬいぐるみの重心を完璧に捉え、白鳥はひらりと棚から落ちた。
「……しゃあ!! 見たか前原!!」
工くんは飛び上がってガッツポーズを決めた。店主から景品を受け取ると、彼はそれを少し照れくさそうに、でも誇らしげに私に差し出してきた。
「……ほら。やる」
「……ありがと。本当に取ってくれるなんて、思わなかった」
クスッと笑って見せる
ふわふわのぬいぐるみを受け取ると、まだ彼の体温が移ったような温かさがした。
私はそれを持って、わざと彼の顔の横に並べる。
「……ねえ、工くん。やっぱりこれ、工くんにそっくり」
「似てないだろ! どこがだ!」
「一生懸命なところが。……ふふ、宝物にするね」
「……っ……、お前……、……あー、もう!」
工くんは顔を覆って、またしても「キャパオーバー」の合図を出した。
でも、今度は逃げ出さずに、空いた方の手で私の手を……今度は手首じゃなくて、指先をぎゅっと握りしめてきた。
「……次、行くぞ。……はぐれたら、困るからな」
繋いだ手のひらから、彼の鼓動が伝わってくる。
射的の景品よりもずっと価値のある「特別」を、私はもらった気がした。
コメント
1件
五色からのプレゼント(?) うちも欲しい、(((