不自然な静寂だった。
首都の官庁街において、昼間でありながら、ひと気が消えている。
いや、正確には──“消された”のだ。
「また、だ。」
公安直属の特殊資料室に届いた報告書を、坂口安吾が机に叩きつける。
「国家機関の機密庫が、また一つ、虚筆連盟に襲撃された。奇妙なことに、敵は一切の情報を持ち去らず、現場には詩の断片だけを残している。」
「それ、もう完全にボクの出番じゃん。」
飄々と現れたのは、江戸川乱歩だった。
その隣に、一人の男が控えている。
「有栖川君、やっと一緒に事件ができるね。」
有栖川有栖は、静かに頷く。
「……そうだね。今回ばかりは、どうにも普通の推理だけじゃ済まないみたいだ。」
机の上には、敵が現場に残した短い詩が並べられていた。
『筆は剣に勝り、されど剣は筆に抗う。』
「虚筆連盟……彼らの目的は何だ?」
有栖川が呟く。
安吾は険しい目を向けた。「まだわからない。しかし、すでに彼らは“国家中枢への侵入”を数件成功させている。各所で同時多発的に機密を破壊しているが、彼らは情報を奪っていない……まるで、権力構造そのものを崩すことが目的のように。」
「ふぅん、面白いね。」
乱歩はそう言いながら、すでに推理を始めていた。
「有栖川君、有栖川君、これってもしかして──」
「違うよ、乱歩君。まだ断定は早い。」
「え〜、だってもうボク、わかっちゃったかも。」
「……推理が早すぎると、見落としもある。」
──そこに、一人の来訪者が現れる。
「敵の潜伏先を突き止めた。」
織田作之助だった。
後ろには、尾崎紅葉、条野採菊、末広鐵腸、そして坂口安吾の姿が揃う。
「久しぶりに、全員集合ってわけだね。」乱歩が笑う。
「戦うのは俺たちだが、事件を解くのはお前だろう。」織田が言う。
「うん。ボクと──有栖川君。」
有栖川が、そっと乱歩の隣に立つ。
「君となら、解ける。」
「ふふ、いいね。」
──そして。
彼らは知らなかった。
この戦いが、国家を揺るがす史上最大の文学戦争の幕開けであることを。
虚筆連盟の一人、チャールズ・ディケンズが、遠いビルの上から彼らを見下ろし、静かに詩を紡ぐ。
「筆は世界を描き換える。さあ、君たちがどこまで抗えるか……」
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