テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第40話「百三年ぶりに親友と会う場合」
土曜日。
午後一時。
都内。
小さなレストラン。
森野リリカは。
入口の前で。
動かない。
相沢直人が聞く。
「入らないの?」
「入ります」
「三分くらい立ってるけど」
「心の準備です」
「百三年ぶりだもんね」
森野の耳。
ぴく。
「数字にしないでください」
「事実でしょ」
「百三年って言われると」
「うん」
「ものすごく長く絶交していた人みたいじゃないですか」
「ものすごく長く絶交してたよね」
「……」
「入ろう」
「待って」
「まだ?」
「あと一分」
そのとき。
背後。
「リリカ?」
森野。
完全停止。
相沢が振り返る。
女性。
明るい茶色の髪。
長い耳。
見た目は。
三十代前半。
藤堂アリア。
百五十二歳。
森野より。
九歳年上。
アリアが。
森野を見る。
森野も。
アリアを見る。
百三年。
会っていない。
二人。
沈黙。
アリア。
「……」
森野。
「……」
相沢。
「……」
アリアが言う。
「老けた?」
森野。
「変わってません!」
百三年ぶりの再会。
第一声。
それだった。
アリアが笑う。
「リリカ!」
森野。
「アリア!」
アリアが。
森野を抱きしめる。
森野。
一瞬固まる。
そして。
抱きしめ返す。
「久しぶり」
「……」
「百三年ぶり」
「数字にしないで」
森野の声が。
少し震える。
アリア。
「泣いてる?」
「泣いてない」
ぴく。
「耳」
「うるさい!」
レストラン。
四人席。
森野。
相沢。
アリア。
そして。
藤堂ユウ。
ユウが言う。
「僕、必要でした?」
アリア。
「必要」
「どうして?」
「証人」
「何の?」
「リリカが百年前に何を言ったか」
森野。
「帰ります」
相沢。
「まだ注文してない」
「帰ります」
アリア。
「人間なんてやめなさい」
森野。
「……」
アリア。
「どうせ先に死ぬ」
森野。
「……」
アリア。
「絶対後悔する」
森野。
「……」
アリア。
「別れたほうがいい」
森野。
「やめて!」
相沢。
笑う。
森野。
「笑わないでください!」
アリア。
「全部リリカが言ったのよ」
「百年前です!」
「私は覚えてる」
「忘れてください!」
「エルフは長生きだから忘れないの」
「都合のいいときだけ記憶力よくならないで!」
ユウ。
「母さん、昨日から楽しみにしてました」
森野。
「何を?」
「これを言うの」
森野。
「百年たっても性格悪い!」
アリア。
「あなたに言われたくない」
料理。
森野。
パスタ。
相沢。
ハンバーグ。
アリア。
ステーキ。
ユウ。
カレー。
相沢が聞く。
「お二人は昔」
森野。
「聞かなくていいです」
アリア。
「毎日一緒だった」
森野。
「アリア」
「リリカ、昔ものすごく寝坊して」
「やめて」
「学校に遅刻して」
「やめて!」
「耳だけ髪から出たまま走って」
相沢。
「見たかった」
森野。
「相沢さん!」
アリア。
「写真あるよ」
森野。
「あるの!?」
「ある」
「捨てて!」
「百年以上保存してる」
「何で!」
「面白いから」
相沢。
「今度見せてください」
「はい」
森野。
「取引成立させないでください!」
食事が進む。
笑い。
昔話。
百年前。
二人で。
京都へ行ったこと。
海を見に行ったこと。
人間の学校へ潜り込んだこと。
服装を間違えて。
目立ったこと。
森野が。
初めて洋食を食べて。
ナイフとフォークを逆に持ったこと。
「それは嘘!」
ぴく。
アリア。
「本当」
相沢。
「耳」
森野。
「昔です!」
やがて。
アリアが。
少し静かになる。
「リリカ」
「何?」
「どうして」
「……」
「連絡しなかったの?」
森野の笑顔が。
少し消える。
「それは」
「百三年」
「……」
「一回くらい」
アリアは言う。
「連絡できたでしょう」
森野は。
テーブルを見る。
「できなかった」
「どうして?」
「怒ってると思ったから」
アリア。
「怒ってたよ」
「ほら」
「最初の十年くらい」
森野。
「十年?」
「そのあと」
アリアは肩をすくめる。
「もういいかなって」
「だったら連絡してよ」
「あなたが絶交するって言ったんでしょう」
「アリアも二度と顔見せるなって言った!」
「売り言葉に買い言葉」
「百三年引っ張る言葉じゃない!」
相沢。
小声。
「どっちもどっち」
森野とアリア。
同時。
「相沢さんは黙ってて!」
相沢。
「アリアさんまで?」
ユウ。
笑う。
少しして。
アリアが。
森野を見る。
「私ね」
「うん」
「あなたがニュースに出たとき」
「……」
「びっくりした」
「うん」
「耳出して」
「うん」
「人間の会社で」
「うん」
「普通に働いてる」
森野は黙る。
「それで」
アリアは。
相沢を見る。
「人間の恋人までいる」
森野。
「はい」
「最初」
アリアは言う。
「笑った」
森野。
「聞きました」
「三十分くらい」
「長い!」
「だって」
アリアは笑う。
「あなたが一番反対してたから」
「……」
「でも」
笑顔が。
少し柔らかくなる。
「嬉しかった」
森野が。
アリアを見る。
「嬉しい?」
「うん」
「どうして?」
「やっと」
アリアは言う。
「怖がるのやめたんだと思って」
森野の耳。
静かになる。
「私は」
アリアが続ける。
「人間を好きになった」
「うん」
「あなたに反対された」
「……」
「でも」
ユウを見る。
「やめなかった」
「うん」
「結果」
「うん」
「この子がいる」
ユウ。
「僕?」
「そう」
「父さんは?」
「もちろんいる」
「僕だけ結果みたいに言わないで」
アリアが笑う。
「幸せだった?」
森野が聞く。
アリア。
少し考える。
「ずっと幸せだったわけじゃない」
「……」
「喧嘩もした」
「うん」
「別れそうになったこともある」
「うん」
「人間とエルフだから困ったことも」
「……」
「いっぱい」
森野。
「後悔は?」
アリアは。
首を振る。
「ない」
耳。
動かない。
「これから」
森野が聞く。
「旦那さんが」
「うん」
「先に」
言葉が止まる。
アリアは。
森野が言いたいことを理解する。
「たぶん」
「……」
「私より先に死ぬ」
「怖い?」
「怖いよ」
即答。
「ものすごく」
森野は。
相沢を見る。
アリアも。
相沢を見る。
「でもね」
「うん」
「先に死ぬから」
アリアは言う。
「最初から会わないほうがよかったとは」
首を振る。
「絶対思わない」
森野の耳。
少し下がる。
相沢は。
何も言わない。
アリアが。
今度は相沢へ。
「相沢さん」
「はい」
「リリカのどこが好き?」
森野。
「アリア!」
相沢。
「え」
「答えなくていいです!」
アリア。
「聞きたい」
ユウ。
「僕も」
森野。
「ユウ君まで!」
相沢は考える。
「普通なところ」
森野。
「……」
アリア。
「普通?」
相沢。
「エルフだけど」
「はい」
「朝弱いし」
森野。
「余計です」
「仕事でミスすると落ち込むし」
「しますけど」
「甘いもの好きだし」
「はい」
「嫉妬するし」
「しません」
ぴく。
アリア。
「するんだ」
森野。
「今のなし!」
相沢。
「あと」
森野を見る。
「怖いのに」
「……」
「最近は逃げなくなったところ」
森野の耳。
ぴく。
アリアが。
少し笑う。
「合格」
森野。
「何の?」
「彼氏」
「アリアが決めないで!」
午後四時。
店を出る。
アリアと。
森野。
二人。
少しだけ。
別に歩く。
相沢とユウは。
後ろ。
アリア。
「リリカ」
「何?」
「百年前」
「うん」
「私も悪かった」
森野が見る。
「私も」
「うん」
「ごめん」
「私もごめん」
百三年。
必要だった言葉は。
それだけだった。
森野が笑う。
「長かったね」
アリア。
「長すぎ」
「もっと早く言えばよかった」
「本当よ」
「アリアから言ってもよかったでしょう」
「また始める?」
「やめます」
二人。
笑う。
別れ際。
アリアが。
森野を抱きしめる。
「今度」
「うん」
「百年空けないでね」
「空けません」
「来月」
「早い」
「普通でしょ」
「普通ですね」
「旦那も連れてくる」
「会いたい」
「相沢さんも」
森野。
「相沢さんは」
少し考える。
「たぶんいます」
相沢。
後ろから。
「たぶん?」
森野。
「聞こえてた?」
「聞こえた」
アリア。
「じゃあ四人で」
ユウ。
「僕は?」
アリア。
「五人」
「忘れないで」
帰り。
相沢と森野。
電車。
隣同士。
森野が。
相沢の肩に。
少し頭を乗せる。
「疲れた?」
「はい」
「楽しかった?」
「はい」
耳。
動かない。
「百三年」
「数字にしないで」
「でも」
「何?」
「よかったね」
森野は。
少し黙る。
「はい」
そして。
「相沢さん」
「何?」
「私」
「うん」
「もう」
少し間。
「百年も逃げませんから」
相沢。
「百年?」
「はい」
「じゃあ九十九年は?」
森野。
顔を上げる。
「そういう意味じゃありません!」
翌月曜日。
午前九時。
営業企画部。
藤堂ユウ。
出社。
森野。
「おはよう」
「おはようございます」
「お母様に」
「はい」
「ありがとうございましたって」
「分かりました」
田中。
「仲直りしたんですか?」
森野。
「しました」
「百三年ぶりに?」
「数字にしないでください」
月島。
「よかったですね」
「はい」
部長が入ってくる。
資料を持っている。
「森野さん」
「はい」
「また国から」
森野。
顔をしかめる。
「次の会議?」
「いや」
「じゃあ何ですか」
部長が資料を渡す。
「例の長寿者制度」
森野。
「はい」
「具体案が出た」
神崎がいないので。
森野。
月島。
藤堂。
相沢。
集まる。
資料。
『長寿者に関する公的登録制度(仮称)』
森野の顔が。
変わる。
「登録?」
月島。
「何を登録するんです?」
部長。
「年齢」
「……」
「種族」
「……」
「過去の身分記録」
森野の耳が。
ゆっくり下がる。
相沢。
「これ」
資料を読む。
「任意?」
部長。
「そこが」
少し間。
「まだ決まってない」
森野は。
資料を閉じた。
「それは」
声が。
少し低くなる。
「全然違う話です」
今まで。
制度に合わせるための話だった。
しかし。
登録。
管理。
記録。
百年以上。
正体を隠して生きてきたエルフたちにとって。
それは。
簡単に受け入れられる言葉ではなかった。
コメント
1件
第40話、読み終わりました。百三年ぶりの再会、最初の「老けた?」「変わってません!」で吹き出しました(笑)。アリアさんとの掛け合いが軽快で、でも「連絡しなかったの?」のところで空気が変わって、じんときましたね。相沢さんが「怖いのに逃げなくなった」って言うシーンが好きです。最後の登録制度の話で一気に緊張が走って、次の展開が気になります。お疲れさまでした🌷