テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第三章:切り取られた幸福(凪の視点)
文化祭が終わった翌週。クラスの掲示板には、当日の写真が何枚も貼り出された。
どれもこれも、キラキラした青春の欠片だ。
「おっ、これいいじゃん!」
俺が指差したのは、クラス全員で撮った集合写真だ。
真ん中で俺が佐藤と肩を組んで笑っていて、その少し斜め後ろに怜がいる。
「怜、お前ちょっと顔固くないか? せっかくの打ち上げだったんだから、もっと笑えよな」
俺は笑いながら怜の背中を叩いた。
でも、怜は「あはは、緊張してたのかな」と力なく笑って、すぐに視線を写真から逸らした。
俺はその写真を一枚焼き増しして、自分の部屋の机の前に飾ることにした。
見ているだけで元気が出る。俺たちは最高のクラスで、怜は俺の最高の親友だ。
写真の中の怜は、左手を不自然にポケットに突っ込んでいるけれど、俺はそれを「あいつらしいポーズ」だとしか思わなかった。
第三章:レンズの裏側の地獄(怜の視点)
凪の部屋に飾られたあの一枚の写真は、僕にとって死刑宣告と同じだった。
あの写真が撮られる直前。
僕は校舎の裏で、佐藤たちに「ポケットの中」をめちゃくちゃにされていた。
文化祭の模擬店で集めた釣り銭が足りないと言いがかりをつけられ、必死で「知らない」と首を振った。
結局、僕のポケットに無理やり小銭をねじ込んだのは佐藤だ。
『お前が盗んだことにしてもいいんだぜ、光に言いつけようか?』
その脅しに、僕は屈するしかなかった。
「はい、チーズ!」
カメラのシャッターが切られる瞬間。
僕は、ポケットの中で小銭を握りしめていた。
爪が食い込んで血が滲んでいたけれど、凪の視線に気づいて、必死で口角を上げた。
凪が「いい写真だ」と言うたびに、僕の心には真っ黒なインクが滴り落ちる。
凪が信じている「最高のクラス」は、僕の沈黙と、僕の血の上に成り立っている砂の城だ。
ある夜。
凪と別れた帰り道、僕は一人で掲示板の前に立った。
みんなが寝静まった深夜。
僕は、自分が写っている部分だけを、誰にも気づかれないように爪で薄く、薄く削った。
凪の視界から、僕という「汚れ」を消してしまいたかった。
でも、翌日、凪は削られた跡を見てこう言ったんだ。
「誰だよ、怜のところ傷つけた奴! 許せねえな。……大丈夫だぞ、怜。俺の部屋の写真には、ちゃんとお前が笑ってるからな」
その優しさが、今の僕にはどんな暴力よりも痛かった。