テラーノベル
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コーラを冷蔵庫に戻し、レイが階段をあがっていくと、拓海くんはなんとも言えないため息をつく。
同時に気まずさが立ち込め、それを払うように拓海くんが苦笑いをこぼした。
「……澪、腹減ったろ。とりあえずそれ食えよ」
そうめんを横目に、拓海くんは台所を出て行った。
拓海くんはなにを言おうとしていたんだろう。
あんな顔を見たことがなかったけど、なにかが気に障ったのかもしれない。
水につけたままになったそうめんはもう伸びていて、食べてもいつもよりおいしくない。
悶々としつつ食事を終えた時、鞄をさげたレイがもう一度顔を覗かせた。
なんとなく小さくなっていると、彼は冷蔵庫をあけながら言う。
『ミオ。 タクミのこと、どう思ってるの?』
それはまるで独り言のような問いだった。
しばらく返事をしなかった私は、『え?』と顔をあげる。
目が合うと、レイはコーラを片手に苦笑した。
『もういい。聞いてみただけ』
そんな言葉を残して、彼はすぐにいなくなった。
(なんなの、意味わかんない)
それは今に始まったことじゃないけど、これ以上モヤモヤさせないでほしい。
私は知らず知らずのうちにため息をつき、食べ終えた食器を洗った。
「そうだ、澪。今度の土曜日は花火大会よね」
それから数日経ったある日。
けい子さんと一緒に夕食の準備をしていると、思い出したように言われた。
「あぁ、そういえばそうだったね」
商店街に貼りだしてあった貼り紙を思い浮かべて、相槌を打つ。
毎年花火大会は杏と行っていたけど、今年は約束せずじまいだった。
「今年はどうするの?
去年は杏ちゃんと一緒だったでしょう」
「うーん、そうなんだけどね」
杏は土曜日は予備校だって言っていたし、というか今年は佐藤くんがいるから、行けるとしても私は遠慮するべきだ。
「杏、受験で忙しいからなー」
無難な答えを言えば、けい子さんは「それなら」とジャガイモをむく手を止めてこちらを向いた。
「あの子……拓海がいるし、一緒にいけば?」
「え、俺がなに?」
その時、タイミングよく拓海くんが台所に顔を覗かせた。
「あぁ、拓海。
今週の土曜日に、河川敷で花火大会があるのよ。
久々だし、澪とどうかなって」
「えっ、まじで?
花火は何時から?」
「えっと、8時からだったかな」
けい子さんがカレンダーに目を移して言う。
「それなら平気だな。
俺、その日石倉たちと昼会う約束してるから、夕方戻ってくるよ。
澪、一緒に行こーぜ!」
「うん!」
終業式の日、拓海くんはどこか様子がおかしかったけど、あれからずっと普段通りだ。
結局なんだったのかわからないけど、この調子なら気にしないでよさそうだ。
「拓海くんと河川敷の花火いくの、久々だねー。
前は良哉くんも一緒だったから、私が中学生の時以来だね」
良哉くんが帰省して、ちょうど3人で花火を見に行ったのを思い出していると、けい子さんが続けた。
「あ、ふたりとも聞いて。
花火にレイも誘ってあげてくれる? なかなかない機会だしね」
「えっ」
「……はー!?
なに言ってんだよ、やだよそんなの!」
思いもよらない提案に、私と拓海くんの声が重なった。
「やだよって、そんなこと言わなくたっていいじゃない。
夏の風物詩だし、夜店も出てるし、きっと楽しんでもらえるわよ」
「えぇ―――」
拓海くんはあからさまに嫌そうにしている。
だけどこの間けい子さんに臨時お小遣いをもらっていたから、正面切っての反抗はできないらしい。
ぶつぶつ言っている拓海くんから、けい子さんは私へと目を移した。
「じゃあ澪、レイに行けるか聞いておいてね」
「はーい……」
七夕の時といい、今回のことといい、行事を大事にしているけい子さんに言われたら断れない。
(拓海くんとふたりなら気楽なのになぁ)
花火自体は楽しみだけど、なんとなく気が重くなってしまった。
その日のお風呂あがり。
台所で麦茶を飲んでいると、玄関の戸があく音がした。
(帰ってきたんだ)
けい子さんにレイを花火に誘うように言われたから、話をしにいかなきゃいけない。
重い腰をあげようとした時、レイの姿が見えた。
『俺もちょうだい』
台所に入って来たレイは、私と私の手にあるコップを見て言う。
『あぁ、うん』
戸棚からグラスを取ろうとすれば、彼は『それでいい』と私の手からコップを抜き取った。
自然とそうされ、私は少し唖然とした。
あと半分ほどだった麦茶が、彼の中に消えていく。
(……いや、気にするほうがおかしいのかな)
考えれば拓海くんにはアイスを食べられても気にならなかったし、ドキドキしそうになるのは気のせいだろう。
一息ついたレイはテーブルにコップを置き、礼を言って部屋に戻ろうとした。
『……あぁ、ちょっと待って!』
慌てて言えば、レイは足を止めて振り向く。
『ねぇ、レイ。
今度の土曜日、なにか予定ある?』
『……なに? またダブルデートに一緒に行けって?』
笑いながら言われ、私は「もう!」と頬を膨らませた。
『違うよ。土曜日の夜、近くの河川敷で花火大会があるの。
拓海くんと行く約束してるんだけど、けい子さんがレイも誘ってみなさいって』
『あぁ、そういうこと』
彼はかすかに笑い、少し考えるような間を置いて答えた。
『行くよ』
(あぁ、行くんだ……)
嫌というわけじゃないけど、レイと出かけるのはなんとなく複雑だ。
『けど……それ、タクミは了承してるの?』
『え?』
『俺と3人になってもいいって、タクミは了承してる?』