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18年間も俺をやってきたんだ。
運が悪いことは知っていた。
何をしたって出来が悪いことも。
だからって、神様。
俺は1度だって生まれ変わりや転生なんて望んじゃいなかったよ。それでも、望まなくてもやり直せというのなら
「これより、ルーディド盗賊団黒魔術師・サザの処刑を執行する」
せめて、別の場所で別のタイミングが良かったよ。
(何だよ、処刑って)
オーケー、状況を整理しよう。
物ひとつない白い部屋。両手首を頭の後ろに、両足首を膝を曲げた状態に、それぞれ動けないようにまとめられている俺。
どうしたって逃げられないのに、白いローブを纏った連中(ざっと10人ほど)に囲まれて、目の前にはこれまた白い鎧を身につけた騎士みたいなやつが立っている。
処刑されるのは盗賊団の魔術師だっけ?
つまり、この鎧じゃないよな。白いし…ジョブも魔術師ではなさそうだし。
いや、俺だってジョブはフリーターだけど。
「黒魔術師、サザ」
(うわ、俺に言ってるっぽい…)
「最期に何か言い残すことは」
(…なにか?)
俺はサザじゃない。魔術師でもない。3日間の空腹に耐えかねて、おにぎりを窃盗してしまいそうになったことは認めるけど。結局はなにも盗らずにコンビニから飛び出したただのフリーターなので盗賊ですらない。
…でもなぁ。
あのあと、俺、信号がない横断歩道で車に跳ねられちゃってるんだよなぁ。
それで気付いたらここにいて、他人が犯した罪で裁かれそうになっている。
…単純に考えるなら、今の俺はどういうわけか盗賊団のサザってやつで、おにぎりどころじゃない窃盗を繰り返していたのだろう。
処刑されるほどの窃盗犯ってこと?
やべーヤツじゃん。
そんなヤツが“実は俺はサザじゃないんです”なんて命乞いしたところで誰が聞いてくれるんだよ。
「どうした。何も無いのか?」
あるよ。
でも、言ったって無駄なんだろ。
「そうか」
自分を見限ることには慣れてるんだ。
「…始め」
白い鎧が合図を送る。
白いローブ達が一斉に何かを唱え始める。
箱のようだった部屋がゆっくりと形を球状に変え、膝立ちさせられていた体が宙に浮いた。
じわりと、足先が濡れていく感覚。
何が起きているのか、何をされているのかは分からないが。
どうやら、処刑が始まったらしい。
どうにでもなれよもう。
(でもな、見てろよ)
そっちに行ったら真っ先にあんたのもとへ行くからな。
俺をサザにした経緯についての説明と謝罪はもちろん、反省文の提出もさせてやる。
…あぁ、でも、天国って紙と鉛筆はあるのかな。
「…?何か、おかしい」
「これは…」
「どういうことだ?」
手指も濡れている。傘を忘れた日、雨の中を歩くような不快感に襲われる。
嫌な処刑方法だと思う。
どうせなら、いっそのことひと思いに。
「ロイド様、罪人の黒魔力が消失しています!」
「…止め!」
ドサッ
なんだっていうんだ。
ひと思いにと願ったからか?
「うぅ…」
床に叩きつけられた体をよじり、部屋の様子を確認しようと顔を上げ…下げる。
何もない床と見詰めあっていた方がマシだ。
瞬時にそう判断出来るほど、目の前に立つ白い鎧はおそろしく殺気だっていた。
しょ、処刑に失敗したのか?
そうだとしても俺のせいではないだろ。
「顔を上げろ」
(マジかよ)
逆らう選択肢はないとしても、どんな表情で従うのが正解か分からない。とりあえず、にっこり笑って顔を上げたら
「…は?」
鎧には?って言われた。
間違いだったようなので、すぐに何事も無かったようにキリと表情を引き締めてみせる。
「お前は…」
カチャッ
白い鎧が膝をつく。
視線が交わっているのか俺にはわからない。ただ、何故か鎧の“動揺”だけは伝わってくる。
「誰だ?」
サザ…じゃなくて?
この体じゃない“俺”のことを聞いているのか?まさか。いや、でも。
聞いてくれるなら。
「…笹木」
名乗る価値はあるかもしれない。
「笹木イカです」
飲んだくれ親父につけられた美味しいおつまみのような俺の名前。 まさか、名乗ることで安心出来る日が来るなんてな。
「ささきいか…?」
「ぷっ」
鎧が口にすると面白いな。
…って、ちょっと笑ってる場合じゃなかったわ。
馬鹿にしたと思われたら怒らせ…てるのか分からないな。鎧だし。
「サザはどうした」
「え…いや、知らないです」
「お前の中に気配がない」
「そうなんですか?じゃあ入れ替わったのかな………あっ」
入れ替りって、それ、まずいんじゃないか?
車に轢かれた俺の体に入ったってことは、もしかしたら…サザの中身はもう。
「別の肉体にサザが…。あいつとはいつ接触した?」
「してないです」
「遠隔魔法に巻き込まれたか。質問を変える。お前はどこに住んでいた」
「どこって、日本ですけど…」
物価も家賃も高い所に住んでいた。
社会人になって早々に職を失うとは思っていなかったから、引っ越すための資金も残していなかった。
どうにかバイトで凌ごうにも、フリーターとして貯められたのはせいぜい家賃と毎日の1食分くらいで…駄目だ。悲しくなってきた。
「ニホンというのは街の名か?」
「…あっ、いえ、国ですね」
「そんな国は存在しない」
「え」
じゃあ、今あんたが話している言葉はなんなんだ?
日本語だろ。
だって俺、英語もハローくらいしか知らないのに。
「処刑は中止だ」
混乱する俺への説明はなく、白い鎧の指示のもと手首と足首の拘束が解かれていく。
助かった。
ほっと安堵したのも束の間。
「…ひっ」
濡れた感覚は何だったのか。
手足を視界にいれてすぐに理解した。
(酷すぎる)
痛みこそないが、大怪我どころじゃない。
ショックで気絶しそうなのにショックで目が冴えてしまう。
「ロイド様、罪人の身柄はどうなさいますか」
「…俺の部屋で預かる。すぐにマノリスを呼べ」
「しかし、危険では…」
「サザの黒魔力は消失したのだろう。中身も別人に入れ替わっている。命令に変更はない。急げ」
処刑は中止になったのに、このまま放っておかれたら何もしなくたって俺は…。
せっかく、話を聞いて貰えそうだったのに。
(…本当についてない)
「ササキイカ」
(いや、きっとついてるんだ。すげームキムキな貧乏神的なヤツが。両手で貧乏クジを引きまくっていて)
「ササキイカ」
「…?あっ、俺ですか?」
「お前がそう名乗っただろう」
「それはまぁ、え、何ですか?」
「動くな」
悪役の台詞じゃん。なんて、ベタなツッコミをいれる余裕は無かった。
近付いてきた白い鎧にマントで体をくるまれ。
次の瞬間
「うわっ」
ふわ、と体が宙に浮いた。
処刑の時みたいな奇妙な浮遊感ではなく、人工的に支えられている浮遊感。
…抱えられている。
抱えられている!?
「移動するぞ」
「まっ、て!これはちょっと!」
「なんだ」
「お姫様みたいで恥ずかしい!!」
「姫だと…?お前、姫を自称するのは不敬だろう」
「……無かったことにしてもらって良いですか??その、今の方が恥ずかしいので」
白い鎧は何も答えなかった。
きっと、聞かなかったことにしてくれたんだ。良かった。
…いや、なにも良くはないな。
冷静になってもマジで意味が分からない状況過ぎる。
なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないのか。それに、サザってヤツも…。
本当ならこっちで痛みがない処刑を受けるはずだったのにな。
知らない世界で、知らないヤツとして、知らない間に…いや、深く考えるのはやめよう。
(お互いに大変だな)
それだけ、言っておくよ。
あとはそう。隣の部屋の山口さんはどうしているかな。電球を変える約束をしていたのに、俺が来なくてぶちギレているんじゃないかな。
あのばあちゃん、キレると杖振り回すから危ないんだよ。
…怪我してないといいけど。
あと、それから。
おにぎりを万引きしようとしたコンビニの…あの店員は、きっと。
「ササキイカ」
「あ、はい」
「降ろすぞ」
「はい」
抱えられていることを意識しないよう他のことを考え続けたおかげだ。
あっという間に目的地に到着していた。
…けど、本当にここであってる?
「お、降りましょうか」
「降りただろう」
「いや、そうじゃなくて。床に」
貴族の部屋(イメージ)の超高級(っぽい)ベッドに転がるわけにはいかないだろ。
一応罪人なんだろうし。
手足も…こんなだし。
真っ白なシーツが真っ赤になってしまう。
「汚してしまったら悪いので」
「構わない」
俺が構うんだよ。
だって、弁償は無理だ。
俺にも。多分、盗賊なんかしていたサザにも。貯蓄なんかないだろうしな…。 困るって。
「降ろしてください」
「…わかっ」
ボロボロの腕を伸ばした俺に、白い鎧が応えようとしたとき。
「いけませんよ」
「え?ひぃ、白い鎧が増えた…」
扉が開いて、白い鎧(2体目)が現れた。
広い部屋とはいえ、立派な鎧を着た2人にベッド脇に立たれると心理的な圧迫感が増してしまう。
「…これは、なるほど。確かに黒魔力が僅かにも感じられない。…本当にサザの体ですか?我々は彼の幻覚魔法を見せられているのでは」
「マノリス、分析は後にしろ」
「いや、手足の破損部位は本物ですね。つまり、幻覚ではなく集団催眠の魔術の類いの可能性も」
「マノリス」
「はい、分かっていますよ。ロイド。そう怖い声を出さないでください。あなたも、凶悪な盗賊団の魔術師の顔で怯えるのはよしてください。気味が悪いです」
なんだこいつ。
つーか、俺はサザじゃないし。
「…俺は」
「ササキイカだ」
「はい?」
「こいつはサザじゃない。ササキイカ」
「ええ、そのように報告を受けています」
「なんだお前」
そうだ、なんだこいつは。もっといってやってくれ。初代白い鎧! でも、そのフルネーム呼びはそろそろやめてくれ。
笑いそうになるんだよ。
「怯えたり、ひきつったり、笑ったり。あなたは本当に“サザ”では無いようですね」
「だからそうだって、え?」
「ロイド、下がってください」
「ああ」
嘘だろ。
「えっ、あう、ちょっ」
マノリスってヤツ、俺の腕を容赦なく鷲掴みにしやがった。
ひ、引きちぎられる!?
「それでは、始めますね」
「処刑を!?」
「それが出来たら話は早いのですが、残念ながら違います」
声が穏やかなのが本当に怖い。顔が見えないことも余計に怖い。
ようするに、めちゃくちゃ怖い。
…あっ。駄目だこれ。
超怖い。
「た、助けて!!」
こうなったら初代白い鎧に助けを求めるしかない。必死に伸ばしたもう片方の腕は
パシッ
「わざわざどうも」
「ひぃ」
マノリスに掴まれてしまった。
「この破損は白魔術への強い拒否反応で生じたものです。本来なら、あなたの体すべてに白魔力が充満し破裂するはずでした」
「そんな怖いことしようとしてたんだ…」
「はい。しかし、黒魔力が消失したことにより“白魔力”があなたにとっての毒ではなくなったのです」
「…ええ、じゃあ、これは?手足ズタボロなんですけど…」
「白魔力を過剰摂取したことによる軽いアレルギー反応ですね。放っておいて治るものではありません。ですから」
長い前置きのあと、マノリスが触れていた箇所がフワンと発光し始めた。
「治癒に必要な白魔力だけを残し、余計な分を取り除きます」
「なるほど」
「かなり痛いですよ。気をやるかも」
バチッ
「え?」
バチバチバチバチッッッッ
激痛。
たとえるなら、激痛。
(激痛じゃん…)
そう。
激痛のなか、俺は意識を手放した。