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夜明けは来なかった。
ノアが目を覚ましたとき、空は依然として暗く、森は薄い霧に包まれていた。
眠った感覚はある。だが夢と現実の境界が、ひどく曖昧だった。
胸元に手を当てる。
刻印は、冷えていた。
まるで――
“次に呼ぶ時まで、眠っている”と言わんばかりに。
「……悪い夢、だったのか……」
そう呟いても、声に確信はなかった。
あの影の存在。
夢の中と同じ声。
名前を、知っていた。
(偶然なわけがない……)
ノアは立ち上がろうとして、膝が震えるのを感じた。
血が、妙に重い。
身体の奥で、何かがゆっくりと配置を変えているような――
そんな違和感。
そのときだった。
「無理に動くな」
背後から、低く澄んだ声が響いた。
振り返ると、そこには人がいた。
だが――“普通の人間”ではない。
銀色の髪。
星屑を閉じ込めたような瞳。
そして、背中に畳まれた“骨のような翼”。
「……天使……?」
ノアが呟くと、その存在はかすかに眉をひそめた。
「そう呼ばれることもある。だが正確には――
“運命管理者《レギュレーター》”だ」
ノアは一歩後ずさる。
「……俺を、殺しに来たのか」
管理者は首を横に振った。
「殺すなら、もっと前に終わっている。
私は確認に来ただけだ。
――刻印が、目覚めたかどうかを」
その言葉に、ノアの胸がざわつく。
「……あんたたちが……俺にこれを?」
刻印に触れようとした瞬間、
管理者の視線が鋭く走った。
「触れるな。まだ“思い出す段階”ではない」
「思い出す……?」
管理者は静かに息を吐いた。
「ノア。
おまえは“初めて選ばれた”わけではない」
霧が、二人を包み込む。
森の景色が歪み、音が遠のいていく。
「これは……」
「血の記憶だ。
おまえの中に流れる“星の系譜”の残響」
霧の向こうで、景色が変わった。
そこは、夜空だった。
だが星は静止している。
動かない星々。
固定された運命。
その中心に、ひとつの巨大な円環が浮かんでいた。
「……あれは?」
「“星環《サークル》”。
運命が編まれ、分配され、管理される場所」
円環の中では、無数の光が糸のように絡み合い、
それぞれが“誰かの未来”を形作っている。
「人は自由に生きているようで、
実際には、可能性の範囲を与えられているだけだ」
管理者の声は冷静だった。
「だが、例外がある」
円環の一部が、赤く染まる。
「星に管理されない血。
運命を拒絶しながら、それでも必ず中心へ辿り着く存在」
ノアの胸が締めつけられる。
「……それが……俺?」
「正確には――おまえの“血”だ」
光景が切り替わる。
古い時代。
剣と魔法が支配していた頃。
赤い刻印を持つ者たちが、次々と現れては消えていく。
彼らは皆、共通していた。
・星を拒んだ
・運命から逃げた
・それでも、世界の分岐点に立たされた
「彼らは“運命破壊因子”と呼ばれた」
管理者は淡々と語る。
「運命を壊すのではない。
“予定された未来”を、必ず狂わせる存在」
「……じゃあ、俺は……」
「“災厄”だ」
その言葉は、容赦なかった。
「選択をすればするほど、世界の歯車を軋ませる。
生きるだけで、未来が変質する」
ノアは拳を握りしめた。
「……ふざけるな……!
そんな理由で……俺の人生を……!」
叫びは、虚空に吸い込まれる。
管理者はノアを見つめた。
「だから、おまえの一族は常に短命だった」
その一言が、刃のように刺さる。
「母も……?」
「そうだ。
彼女は“運命から外れた存在”を産んだ時点で、
星にとって不要となった」
ノアの視界が、赤く染まった。
怒りか、悲しみか、判別できない感情が、血を沸かせる。
刻印が――熱を帯び始める。
「……なら……!」
ノアは顔を上げ、管理者を睨みつけた。
「俺は……運命なんて、全部壊してやる……!」
その瞬間。
星環が、微かに軋んだ。
管理者の目が、わずかに見開かれる。
「……やはり……」
「なにがだ!」
管理者は、ゆっくりと微笑んだ。
それは初めて見せる、人間的な表情だった。
「おまえは、歴代でも最も危険だ」
霧が晴れ、森の景色が戻る。
管理者は一歩、距離を取った。
「覚えておけ、ノア。
運命を拒む者ほど、運命に近づく」
「次に会う時は――
おまえが“選択”をした後だ」
銀の翼が広がり、
管理者は夜空へ溶けるように消えた。
ひとり残されたノアは、その場に膝をついた。
胸の刻印が、はっきりと脈打っている。
逃げても、消えない。
拒んでも、終わらない。
それでも――
「……それでも、俺は……」
ノアは夜空を睨みつけた。
「俺の生き方くらい……俺が決める」
その言葉に応えるように、
遠くで――星が、ひとつだけ瞬いた。
それは祝福ではない。
“観測”だった。
運命が、彼を見ている。