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放課後、わたしは真帆さんから借りた時計を返しに魔法百貨堂に向かった。
今にも大空へ舞い上がってしまいそうなほど足取りは軽く、ニヤニヤの治らない顔は今だに熱い。
一刻も早くこの気持ちを真帆さんに伝えたくて、わたしは古書店の中を足早に進む。
「どうした? 何か良いことでもあったのかい?」
その途中、カウンターに座り新聞に目を通していたお爺さんに問われ、わたしは、
「はい!」
と大きく返事して頷いた。
「今日も真帆に会いに来たのか?」
「はい!」
どうやら、この古書店の主人であるお爺さんは真帆さんの祖父らしい。
「そうか」
とお爺さんは頷くと、再び紙面に顔を戻した。
わたしはその脇を抜けて、中庭に続く開きっ放しのドアをくぐる。
初めて来た時にも思ったけれど、なんて綺麗な中庭なんだろう。
今のわたしには、よりいっそうこの庭が美しく感じられる。
咲き乱れる色とりどりのバラの花。
大小様々なそれらの匂いはとても甘く、わたしの鼻孔をイタズラにくすぐった。
一角には小さな東屋が設けられており、あそこで午後のティータイムなんてできたらどんなに素敵だろう、とわたしは思った。
あの真帆さんがあそこで優雅に紅茶を飲んでいる姿がありありと思い浮かんで、わたしもやっぱり、あんな素敵な女性になりたいなと思うのだった。
その時だった。
「ミャーォ」
猫の鳴く声が聞こえて足元に目をやると、そこには一匹の黒猫がいて、わたしを見上げながらスリスリとすり寄ってきた。
赤い首輪には、小さな金の指輪がぶら下がっている。
「なぁに? どうしたのー?」
わたしは言いながら腰を下ろし、猫の頭をよしよしと撫でた。
「ミャォン」
黒猫はひと鳴きして、自らわたしの手に頭を押し付けてくる。
あまりの可愛らしさに更に顔が綻び、ますます締まりのない顔になっていく。
そこへ、
「あらあら、いらっしゃい、萌絵さん」
ガラリと魔法百貨堂の引き戸が開き、真帆さんがニコニコ笑いながら顔を出した。
今日は七分袖の黒いシャツにひらひらしたショッキングピンクのロングスカートをなびかせている。
そしてよくよく見れば、真帆さんの右薬指にもこの黒猫のぶら下げている指輪と全く同じデザインの指輪をはめていた。
やはりこの黒猫、真帆さんの使い魔なのだろうか?
それって、ますます魔女っぽい!
なんて思っていると、黒猫は「ニャオン」と真帆さんに顔を向けて小さく鳴き、スタスタと店の中へと消えていった。
「さあ、どうぞ中へ」
真帆さんに促されて、
「あ、はい!」
わたしも店の中へ、足を踏み入れるのだった。
「へぇ。良かったじゃないですか」
真帆さんはカウンターに肘をつき、前屈みになって頬杖をつきながらそう言った。
「はい! 何も考えずにボタンを押しちゃったから、最初はどうしようかと思いましたけど、まさか類人くんのほうから誘ってくれるだなんて、夢みたいです!」
「ふうん。そうかそうか」
真帆さんは言ってうんうん頷いた。
先ほどの黒猫は店の奥へ行ってしまったのか、どこにも姿が見えなかった。
もうちょっと撫でたかったなぁ……
「で、どこへ行くことになったんです?」
「……え?」
ふと我に返り、にやにやと笑みを浮かべる真帆さんに顔を向ける。
「デート、どこへ行くことになったんです?」
「それは――まだ決まってません。このあと類人くんとメールで決める予定です」
「なるほどなるほど」
ふんふん、と真帆さんはさらに頷く。
「あ、でもどうしよう…… どんな服を着ていけばいいんでしょう。わたし、デートなんて初めてだから、あまり可愛い服とか持ってないし……類人くん、どんな服が好きなんだろ。やっぱり大人っぽいオシャレな服ですかね? それともフリフリの可愛い服? あ、でももしかしたら、もっと派手な……」
悩むわたしに、真帆さんはクスクスと笑いながら、
「どうですかね? 案外、服装なんて気にしない子かも知れないですよ。割とその辺り気にしない男性って多いですから。目に入ってても認識されてないって言うか……」
その言葉に、わたしは首を傾げる。
「真帆さんの経験ですか?」
「そうですね……」
と真帆さんはニヤリと笑い、唇の前で人差し指を立てながら、
「秘密ですっ」
言って可愛らしくウィンクした。
それがあまりにも様になっていて、わたしは思わずポカンと口を開けて見惚れてしまう。
けれど真帆さんはそんなわたしに構わず、
「そんなに服に迷うんなら、私が用意しておきましょうか?」
「……え?」
真帆さんの申し出に、わたしは一緒呆気にとられる。
「デートの日までに、私が良さそうな服を見つくろっておきますから、当日の早朝に来てください」
「い、良いんですか……?」
「ついでですから、メイクとかも全部任せて下さい。私が萌絵さんをより可愛くコーディネートして差し上げます。どうですか?」
わたしは何度も頷きながら、
「よ、よろしくお願いします!」
前のめりにそう言った。
真帆さんは口元に笑みを浮かべながら、
「それではデートの当日、土曜日にお待ちしていま……ぷっ」
言って、何故かちょっと咳き込んだ。