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涼ちゃんのリュックを前に、元貴の指先はもうすぐファスナーに触れそうだった。
でも、涼ちゃんが震えながら
「見ないで……お願い……」
と弱く漏らした瞬間。
若井がそっと元貴の手を押さえた。
「……元貴、やめよ。」
元貴は驚いたように若井を見たけれど、
すぐにその意図を理解して、手を引っ込めた。
若井は、ゆっくり涼ちゃんの背中をさすりながら言う。
「涼ちゃんが“嫌だ”って言ってるのに、
無理に見るのは違うよね。」
声はとても柔らかくて、
まるで壊れそうなガラスを扱うみたいだった。
涼ちゃんは若井の胸元をぎゅっと掴んだまま、
小さく肩を震わせている。
元貴はしゃがみ込み、
涼ちゃんの視界に入る位置で、
優しく、でも真剣な瞳で言葉を続ける。
「涼ちゃん、
今は何も言わなくていいよ。」
涼ちゃんの呼吸が少し荒くなる。
涙を我慢しようとして、余計苦しくなっているのがすぐに分かった。
若井はその肩を軽く抱き寄せて、
「言いたくなった時、
言える時になったらでいいからさ。」
その言い方は責めもしないし、急かしもしない。
ただ、隣にいるよ、と静かに伝えるような温度だった。
元貴も続ける。
「俺たちは、
涼ちゃんの“言えるタイミング”まで待つよ。
逃げないし、離れないから。」
涼ちゃんの唇が震え、
目の端からそっと涙がこぼれた。
「……ほんとに……
見ないの……?」
その声は、信じたいけど怖くて、
弱い子どものみたいな声だった。
若井は涼ちゃんの背中を優しくぽんと叩いて、
「うん。
今日は見ない。
涼ちゃんが“見ていいよ”って言うまで、開けない。」
その言葉を聞いた瞬間、
涼ちゃんの全身から力が抜けていく。
安心と、罪悪感と、
少しの救いが混ざり合って、
涼ちゃんは若井の胸元に額を押し付けた。
「……ありがと……
ほんとに……」
元貴はそっと涼ちゃんの頭を撫でる。
「大事だから、
無理させたくないんだよ。」
涼ちゃんは返事をする代わりに、
静かに、静かに涙を落とした。
2人はその涙を責めず、
ただ寄り添い続けた。