リエは会話を続けた、他人と二言以上話すのなんて、生まれて初めての経験だったが、自然に言葉が出て来たそうだ。
「明日ね、学校でマラソンがあるんだけどね、アタシ遅いし、体弱いから走り切れないと思うんだ…… 上のお姉ちゃんは歩くんだけど、アタシは勝ちたいんだよ…… お姉ちゃんみたいにオベンキョも出来ないしさっ、せめて下のお姉ちゃんみたいに運動だけでもって…… ぐすっ! でも、絶対無理だからさ…… 帰りたく、無いんだよ…… ぐすっ!」
「そうなんだね…… そっかぁ…… 辛い、ね」
「うん…… ツライ……」
スカンダは平静を装ったその表情とは違い、胸中で悩みまくっていたそうだ。
――――迷える亡者を悉く(ことごとく)救う…… か…… 六道に迷う者はそんなに一筋縄じゃないな…… こんな幼い子供の苦しみに掛ける言葉の一つすら思い浮かべる事が出来ないとは……
ツイ
――――え?
考え込んでいたスカンダの掌(てのひら)を、隣に並んで座っていたリエが自分の小さな掌でそっと握ってきたのであった。
「おじちゃん、ありがとね…… 一緒にいてくれて! もうアタシ大丈夫だよ、ビリでも途中でダメになっても一所懸命走ってみるよ、えへへ」
キュンと来た、何かを考えるのではなく、小さな掌を握り返したスカンダは即座に言葉を発したのである。
「いやいやいや、心配せずとも良いのです、少女よ…… 足の速さでしたよね、それなら問題は無い、この私、お地蔵さんはね、韋駄天(いだてん)とか呼ばれちゃったりするメッチャ足に自信がある者なのですよ? 私の数々のスキルの内、いつまで駆けても疲れない遠足(とおあし)を貴女に譲渡する事としましょうね、ね? それだったら家に帰れるよね? どうかな?」
「え、いいの?」
「勿論だよ、君みたいな人に使って貰えるなら、私のスキルも喜ぶってもんさ! じゃぁ、私の両手を握って目を閉じてね、行くよ!」
二人を赤錆色(あかさびいろ)のオーラが包み込むのであった。
光が収まるとスカンダは薄らと消え始めながら、リエの方に向けて言葉を発するのであった。
「頑張るんだよ、少女よ! もしも又六道で生きる道に迷ってしまった時は、自分の背丈迄石を積み上げて私を呼んでおくれ、今日は良い出会いであった、ありがとう」
消え去り行くスカンダに向けてリエは叫ぶのであった。
「おじさん! アタシの名前はリエ、リエだよ! アタシ頑張るね、オジサンを呼ばなくていいように頑張る、ガッツ出すねぇ! 石松にも負けないガッツをぉ! あんがと、あんがと、ま、又ねえぇ!」
ブンブンと手を振るちょっと変わった子供の泣きじゃくる姿に、満面の微笑みを湛える(たたえる)スカンダであった。
スカンダから遠足(とおあし)を譲渡されたリエは一気に沢伝いに駆け下りて、再び台地へと駆け上り、心配する家族の待つ家へとたどり着いたのであった。
いつも通り、訳の分からない物を食べたせいでピーピーだったが、その日から少しずつ家族や友達たちとお喋りが出来るようになったリエなのであった。
向き合ったスカンダに対して頬を紅潮させたリエが聞いた。
「で、お地蔵さまはなんでここ幸福寺に居るの?」
スカンダは少しばつが悪そうにはにかみつつ答える。
「あーっと、何て言うんですかねぇ、まあ~、成り行き? ですかねぇ~」
リエが心配そうな顔を浮かべて再び聞く。
「お地蔵さまって、若しかして悪魔なの? ユキ姉やよしおちゃんに使役(しえき)されてるとかなのかな?」
スカンダも素直だ。
「いやー、今はえっとぉ、試用期間? の一歩手前って所かな? はは、ちょっと色々あってね、面目ない…… はははは……」
リエがフンスッと鼻息荒く言葉を発したが、その表情には一縷(いちる)の迷いも見られなかったのである。
「そっか、じゃあお地蔵様、アタシの使い魔になってよ! パーティーを組もうっ! お願い、一緒に衆生(しゅじょう)を救わせて、ね♪」
「っ!?」
この日、コユキと善悪が現世(うつしよ)から消え去った後、世界を守り残された家族たちを守護し続けて、最後は魔物の群れの攻撃によって庇い合うように死を迎えたリエとスカンダを中心にしたパーティー、『六道(りくどう)の守護者』が誕生したのであった。
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