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【第十五話:三者三様の残響】
あの激動の夜から数日が経った。
神出鬼没の怪盗キッドは、あの日を境にピタリと予告状を出すのを辞め、夜の闇に沈黙を保っている。
しかし、あの高層ホテルで交錯した三人の想いは、今もなお、それぞれの胸の中で静かに、激しく渦巻いていた。
◇
江古田の自室。黒羽快斗は、月明かりも入れないように遮光カーテンを閉め切った暗闇の中で、ベッドに横たわっていた。
引きちぎられたマントの金具が擦れたのか、脇腹にうっすらと残る青あざが、動くたびに鈍く痛む。だが、身体の傷よりも、あの夜に自ら叫んでしまった言葉の代償の方が、快斗の心を深く抉っていた。
「松田刑事、か……。あーあ、最悪だ。完璧に正体をバラしたようなもんじゃん……」
覆面のマジシャンとして、絶対に崩してはならなかったポーカーフェイス。それを、あの男の前でだけは維持できなかった。
大切な命の恩人。自分を泥沼から引きずり出そうと、真っ直ぐに手を伸ばしてくれた警察官。
彼のことが大切で、死んでほしくなくて、傷つけたくないからこそ、快斗はすべてを投げ打って逃げるしかなかった。
「……もう、追ってこないでよ、お巡りさん。これ以上近くに来られたら、俺……」
仮面を失った少年は、暗闇の中で膝を抱え、ただ静かに、その不器用な優しさに胸を締め付けられていた。
◇
同じ頃、米花町の夜道を歩く松田陣平の口元には、いつも通り煙草の火が揺れていた。
上着のポケットの中には、あの夜キッドが遺していった、引きちぎられた白いマントの切れ端が今も入っている。
『あんたのことが撃てるわけも、傷つけられるわけもないんだよ』
耳の奥で、まだあいつの泣き出しそうな声が響いている。
あいつは犯罪者だ。捕まえるのが刑事の仕事だ。そんな正論は、あの悲痛な叫びを聞いた瞬間にすべて消し飛んだ。
あいつが背負う『怪盗キッド』という仮面は、父親の復讐のためであると同時に、追ってくる自分(警察)を傷つけないための、あまりにも脆くて健気な盾だったのだ。
「クソガキが。警察を気遣ってんじゃねぇよ……」
松田は煙を吐き出し、小さく笑った。
あいつがどれだけ拒もうと、もう逃がすつもりはない。次に会う時は、捜査一課の刑事としてではなく、あの爆弾の前で頭を撫でてやった『命の恩人』として、その細い肩の重荷をすべて一緒に背負ってやる。
松田の心には、もう一切の迷いはなかった。
◇
「――随分と静かな夜だね、風見」
都内某所。夜景を見下ろすビルの一室で、降谷零は手元の書類から目を離さずに、部下に声をかけた。
あの夜、松田に遮られ、公安としてのキッド捕縛を断念した降谷だったが、その鋭い頭脳は、すでにあの現場で起きた『すべて』を完全に解き明かしていた。
キッドが松田に対して放った、あの悲痛な叫び。
松田が公安の網を突っぱねてまで、あの少年を守ろうとした一歩も引かない態度。
「黒羽快斗……。彼は単なる国際犯罪者ではない。松田を人質に取るどころか、彼を守るために自らの退路を断った。そして松田もまた、刑事としての職務を超えて、あの少年の『盾』になることを選んだ」
降谷はペンを置き、紫紺の瞳を細める。
二人の間にあるのは、単なる警察と泥棒の因縁ではない。過去の命のやり取りによって結ばれた、あまりにも強固で、歪で、そして美しい『絆』だ。
「奴の後ろにいる組織の尻尾を掴むまでは、泳がせておくのも悪くない。……それに」
降谷の口元に、ふっと皮肉げな、けれどどこか同期を信頼するような笑みが浮かぶ。
「あの松田陣平をあそこまで本気にさせたんだ。あの少年がこの国(僕)の驚異にならない限りは……その覚悟、少しだけ見物させてもらおうか」
公安のトップの鋭い洞察力は、二人の関係性をすべて見抜いた上で、彼らの行く末を静かに見守ることを選択した。
追う者、追われる者、そしてそれを見つめる者。
三者の思惑が複雑に絡み合いながら、松田と快斗の運命は、より深く、決して離れられない場所へと加速していくのだった。
コメント
2件
快斗くんに危害が及ばないんならよかった………!
三人の視点、全部刺さりました……特に快斗が「撃てるわけない」って叫ぶとこ、もう胸がぎゅってなった。松田刑事がマントの切れ端をポケットにしまってるの、ずるいよ、そんなの。降谷さんの「泳がせるのも悪くない」って台詞、冷静なのにあったかくて、この三人の距離感が本当に好きです。次の話、待ってます。