コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
追憶のマッチング
廃駅の空気は、ひんやりとしていた。 壁に残る古びた広告、錆びたベンチ、そして遠くから微かに聞こえる水の音。 ふたりは並んで座っていたが、言葉はなかった。
手嶋は、ふと吐夢の横顔を見て、目をそらす。 頬が、ほんのり赤く染まっていた。
「…なに?」
吐夢が、少し笑いながら尋ねる。
「いや…朝のこと、思い出してただけ」
手嶋は、照れくさそうに言って、視線を足元に落とす。
吐夢は、何も言わずに立ち上がり、手嶋の前にしゃがみ込む。 その瞳は、静かに揺れていた。
「じゃあ…思い出じゃなくて、今のことにしようか」
吐夢は、そっと手嶋の頬に触れた。 指先は冷たくて、それでも優しかった。
手嶋が目を上げると、吐夢の顔がすぐそこにあった。 そして、吐夢はゆっくりと唇を近づける。 触れるか触れないかの距離で、手嶋の呼吸が止まる。
そして―― 吐夢の唇が、手嶋の唇にそっと重なった。
最初は、ほんの一瞬の触れ合い。 けれど吐夢は、手嶋の頬に添えた手を少し強くして、もう一度、深く唇を重ねた。
そのキスは、静かで、長くて、まるで時間が止まったようだった。 手嶋は驚きながらも、目を閉じてその温もりを受け止めた。 吐夢の唇は柔らかくて、切なさと願いが混ざっていた。
ふたりの呼吸が重なり、心音が静かに響く。 手嶋は、吐夢の背に腕をまわし、そっと引き寄せた。 吐夢は、ためらいなくその胸に身を預ける。
唇が離れると、吐夢は手嶋の額にそっと唇を落とした。
「君といると、世界が少しだけ優しくなる気がする」
手嶋は、吐夢の髪を撫でながら、静かに答えた。
「俺も…そう思ってる」
地下の闇の中で、ふたりの心だけが確かに光っていた。