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岳斗の義母は、義理の息子と二人きりになれば『こんなに虐めてあげてるのに……何でいつまでも生きてるの? 早く死んでよ』などと心無い言葉をしょっちゅう彼の耳元へ囁き掛けてきたし、そもそも岳斗の実母・真澄が亡くなったことを『岳史さんをたぶらかして子供まで作るようなろくでもない女だもの。天罰が下って苦しんで死んだのよ』と、嬉し気に話してきたのも義母だったという。
「ご丁寧に……母が眠る倍相家の墓の写真まで添えられていたのには正直驚きました」
――倍相真澄 〇年〇月〇日没 享年三八歳。
わざわざそこの文字が見えるように撮られた写真を眼前に突き付けられた時のショックは忘れられません、と倍相岳斗が小さな子供みたいな顔をして泣きそうな表情をするから。
大葉は気が付けばグッと奥歯を噛みしめていた。
ただ、そのお陰で自分は母親から捨てられたわけではなかったと思えたのは確かだったらしい。
そこだけは救いだったのだと倍相が言うから。
大葉は子供の頃にこの男と出会えていたならば、もっと違った関わり方が出来ていたんだろうかと、考えても仕方のないことを思ってしまった。
「とにかく僕は……僕にはないものを当たり前に全部持っているように見えた貴方のことが羨ましくてたまらなかった……。――結局のところ理由はどうあれ全て僕の醜い嫉妬心が原因で……大葉さんは微塵も悪くありません。――謝って済むことではありませんが……本当に申し訳ありませんでした」
幼少期から土恵商事に入るまでの壮絶な過去を淡々と話したのち、倍相岳斗はどこか縋りつくような目をして大葉に頭を下げてきた。
「僕が大葉さんにしたことは……義母が僕にしたことと変わらないなって……心の片隅ではずっと分かってました。僕は義母にされて嫌だったことを大葉さんにすることで鬱憤を晴らしていたんだと思います。……こんなの、ホント最低ですよね。……おいそれと許して頂けるとは思っていません。ですが――」
そこでグッとこぶしを握り締めて、何かを決意したようにじっと倍相から見詰められた大葉は、我知らず息を詰めた。
「ですが――もし……もしも……こんな僕のことを少しでも信じてやってもいいと思って頂けたなら……。僕は全力で今まで大葉さんにしてきたことの償いをしたいと思っています。僕が手塩にかけて育ててきた荒木羽理さんが幸せになれるお手伝いを……僕にもさせて欲しいんです。……ダメ、でしょうか……?」
手塩にかけてきた、というのは羽理のことを気に入っていたという言葉の変換ではないだろうか?
「なぁ、倍相。お前、まだ羽理のこと――」
そんなことを思ってしまった大葉は、本来ならば前半部分へ先に答えてやらねばならないと頭では理解しているのに、つい愛する羽理のことを先に聞いてしまったのだけれど。
「……? ああ、安心してください。荒木さんのことは可愛い部下だと思っていますが、本当にそれだけです。……実は先日、彼女の家で大葉さんから思いっきり牽制された時に憑き物が落ちたみたいにストンと気持ちの整理がつきました。何て言うんでしょう? 僕が荒木さんに執着していたのはきっと……彼女が母子家庭だったからだなって思ったんです」
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