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それから星歌の方に向き直った。
「学校だって本当に辞めることないだろ。そりゃ居づらいのは分かるけど、少し落ち着いてからもう一度ちゃんと考えたらいいんだし。退職取り消せるように、俺からも頼んでみるから」
「う、うむ……」
「うむって何だよ」
良かった──星歌は胸を撫で下ろしていた。
行人の顔を見て、誤作動を起こしたように心臓の鼓動が早まった。
熱が集中したかのように頬も熱い。
当然だ。
脳裏には夕べの出来事が鮮やかに蘇ったのだから。
しかし、義弟の方はそうではなかったらしい。
そう、普通。いつもといっしょ。
そのことに星歌はホッとしていた。
「まだ四時間目の授業中だけど、もうお昼? サボリかな?」
声が上ずったろうか。
行人が一瞬、怪訝そうに眉をひそめた。
「いや、学校のすぐ前に新しいお店ができたから空き時間に偵察。一応、教師として」
「ああ、そっかそっか。あんたは立派な先生だよ。ついでにパン買っていきなよ」
「う、うん……」
眉間に寄せた皺を深くして、行人がカウンターのこちら側へ入ってくる。
隣りに棒立ち状態の翔太を肘でグイと押しやり、星歌の隣りに立った。
「痛っ、ちょっ……部外者は」
「まぁ、学校辞めるってんなら別にそれでもいいと思うよ。俺は」
吠える翔太の声など聞こえちゃいないという風だ。
「借金!? ちょっ……星歌、いつの間にそんなことになってんの!」
義弟の笑顔が凍りつく。
「ち、違うって! お母さんにだよ。大学のとき乙女ゲーにハマって課金しまくったせいで……」
やりすぎた。自分でもどうかと思ってる……そう呻いて頭を抱える星歌。
あのときは乙女ゲーのイケメン王子のスチル集めのことしか頭になかった。母親に借金してまでつぎ込んだものだ。
「乙女ゲー……ああ、スマホゲームね。そういやあの時期、星歌、奇妙に浮いたことばっかり言ってたよね」
行人の表情が微妙に歪んだ。
「借金してまでゲームにつぎ込むか? 第一、強くするのが面白いんであって、課金でその過程を省くなんて肝心のゲームの面白さを味わってないことになるんじゃ……」
「うるさい。強さとスチルは別なんだ。そこが乙女ゲーの真髄なんだ」
「呆れたよ……」
──まぁ、姉ちゃんは乙女ゲーにハマってるくらいがちょうどいいんだけど、とボソッと呟く。
「えっ、何か言った?」
「いや、こっちの話」
星歌が何か言うより先に、行人の向こう側から怒りに震える声があがった。
「仕事の邪魔だろ。あっち行けよ」
翔太である。
小柄なので行人の影にすっぽり隠れてしまっていて、星歌の視界から完全に消えていたのだ。
「けど、急いで新しいバイト始めなくても。しばらくゆっくりしたら? 事故物件も引き払って実家に帰るか、それか狭いけどうちに来てもいいし。そしたら家賃の心配もしなくていいし」
行人は優しい笑顔を義姉に向けた。
「そ、それは……」
それはそうなんだけど……と、徐々に小さくなる星歌の声。
「実はそうもいかないんだよ。私には借金があるんだ……」