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さすがは侯爵家御用達の仕立て屋さんだけのことはある。
個室に通されて、すでに何着かの服がすでに用意されていた。
どうやらセレーネ嬢があらかじめ先方にわたしの身体のおおよその寸法を伝えていてくれたようだ。
自己紹介の時に店主だと名乗った女性に持参したウェディングドレスを布袋から出し手渡すと、少し驚く表情をされた。
「そのドレスになにかありますか?」
「いえ、珍しい生地だと思いまして。商売をする者が態度に出してしまい申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず。店主がそのように驚かれるほど珍しい生地で作られているウェディングドレスなのでしょうか?」
ノアがすぐにわたしの疑問を店主に質問してくれた。
店主がわたしの渡したウェディングドレスをガラス細工を扱うかのように慎重にテーブルの上に置かれた。
「セレーネお嬢様の大切な方だと伺っておりますのでお話をさせていただきますが、いまここで聞いたことは口外なさらないでくださいね。騎士様やお嬢様はお若いからご存じないかも知れませんが、この端麗な織は東の遠方にある国の生地ではないかと思われます。昔は何年にも渡りこの国と戦争をしていましたので、いまはすっかり交易が途絶え、入手困難な生地なのですよ。その生地をふんだんに使うウェディングドレスがいまの時代に存在するとは我が目を疑いました。しかも、一見したところアンティークのドレスでもなく、最近仕立てられドレスのようにお見受けします」
店主は非常に硬い表情をしたまま、もう一度確認するかのように目線をウェディングドレスに落とした。ノアは店主の話している意味がわかったようで、息をのみ難しい表情をした。
「つまり、いまこの生地を身にまとって人前に出たら、敵国の生地を纏う者として、この国に対する反逆者とみなされる可能性が高いということだな」
「そうです。わかる方にはこの生地を見るだけでも、手に取ればすぐに彼の東の国の織りだとわかり、密輸をしていることが即座に疑われます。ましてや、これだけの生地を用意できるとなるとより一層疑惑が生じます。もしそうだとしても、普通は多くの人の目に晒すウェディングドレスのようなものには仕立てません。せいぜい屋敷の中でカーテンやテーブルクロス、家具に使われ、屋敷を訪れた者に自分の資金力や人脈を誇示するものとして使われます。自分がまるで敵国の者であるかのような装いは絶対にしません。セレーネお嬢様から必ず個室で対応するようにと言付かっていたのですが、このことだったのですね」
店主の話で、わたしがあの場で殺されたのはこのウェディングドレスを仕立てられた時から計画されていたことが明白になった瞬間だった。
もし、あの時命だけでも助かっていたとしても、敵国の生地のウェディングドレスを身にまとった花嫁として、即座に罪を着せられて処分されていたことだろう。
わたしの死は最初から計画されていて、その台本のその筋書き通りに殺される以外の選択肢はなかったということだ。
まさかお兄様も道連れにできるようにあの場が選ばれたとしたら。
あの場で殺せなくても、このドレスを理由に殺せるように丹念に仕込まれた罠。
そして、このドレスの作成を命じたのが、第一殿下だとしたら…
「なぜ…」
絞り出すような一言のあとは声を失った。第一殿下とお会いしたのは数えるほどなのに。
「アグネス、いまはそこじゃない」
わたしの悪いほうに考える思考を遮るかのように、ノアが首を横に振りながらわたしの手を優しくとり安心させるかのように微笑んだ。
「6年ぶりに服を選ぶんだろう。いまはそれに集中しろ。あとから俺がそのウェディングドレスの意味を一緒に考えてやるから」
わたしの手を握るノアの手が強く温かく、わたしを見つめる瞳には真摯にわたしと向き合おうとしてくれるノアの意思が感じられた。
暗い思考から救われる気がした。
「ノア、ありがとう」
お兄様の親友だからなのか。ノアは信用できると思えた。
「さあ、暗いお話をしてしまいましたね。もうこのドレスはバラバラにして小物にする予定ですのでご安心くださいね。こちらとしても、この貴重な生地をこんなに入手できる機会なんて滅多にありませんから、しっかりと稼がせていただきますのでお気遣いは無用です」
店主が明るい声でクスッと笑ってみせられた。
「ありがとうございます。しっかり稼いでくださいね」
「もちろんです。こう見えてもわたしはやり手ですからお任せください。それに、ご自分の力をひけらかしたい方に密かに大人気のお品ですし、わたしもこの品物を入手できる力があると見せつけられるので、利点しかありませんよ」
商魂たくましく、それでいて男気のある店主に救われる。ただただ、心の中で感謝を述べ、そっとこの方のお商売が繁盛することを女神に祈った。