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「雨、すごいな」
「……だね、」
大通りの街灯を外れ、静まり返った住宅街へと向かう夜道。
勇斗は何も言わずに仁人の少し前を歩き、傘を差し出してくる。
ふと自分の肩を見やると、雨粒は一つも落ちてきていなかった。
代わりに、勇斗の右肩と背中は容赦のない土砂降りに晒され、黒い高級スーツの生地がぐっしょりと色を変えている。
「勇斗、傘。……お前が濡れてどうすんの」
「ん?平気平気」
そう言って振り返る勇斗は、どこか手慣れた様子で笑う。
傘の八割方を仁人側に向け、自分は濡れる位置をキープする姿に、仁人は高校時代の面影を見た。
昔から勇斗はこういう奴だった。
相変わらず優しい勇斗の気遣いがありがたくもあり、どこか申し訳なくて、仁人は差し出された傘の下を黙って歩くことしかできなかった。
仁人が住む古いアパートのエントランスに着くと、屋根に弾ける雨音が少しだけ遠くなった。
「ごめん、タオル持ってくるから待ってて」
「いや、もう帰るだけだし大丈夫」
勇斗はクルリと背を向けてまた土砂降りの中に足を踏み出そうとする。
仁人はかばんの中をまさぐり、肩をぐっしょりと濡らしている勇斗にそれを差し出す。
「はい、これ使って」
一時しのぎにしかならない、未使用のハンドタオル。
ただ、このまま帰って、自分のせいで風邪を引かれても困る。
勇斗は少し驚いたように目を瞬かせたあと、そっとそれを受け取った。
「サンキュ」
「……部屋、上がっていけば? 温かいお茶くらいなら出せるけど」
仁人の問いかけに、勇斗は一瞬だけ目を細めたが、静かに首を横に振った。
「いや、いいよ。じゃあな」
「……うん」
手元に残ったハンカチを軽く握りしめ、勇斗は再び黒い大きな傘を開くと、雨の降る夜の街へとゆっくり消えていった。
勇斗が去った後。
仁人の鼻腔には、重くて甘い香水の香りと、煙草の匂いが強く残っていた。
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コメント
1件
うわあ、この距離感、すごく伝わってくる……。勇斗が無意識に傘を八割方仁人側に傾けて、自分は濡れても平気って笑うところ、もう昔からそうだったんだろうなって想像できる。仁人が「上がっていけば?」って口にできたのは勇斗からの気遣いを受け取った証拠で、でも断られて。最後に残ったのは甘い香水と煙草の匂いだけ——たった一瞬の再会なのに、余韻がじんわり胸に残る話でした。