嘘、私が月城先輩のお店で美容師をするってこと?
そんな夢みたいな話……
一緒に住むだけでもこんなに戸惑ってるのに、次から次へと気持ちが追いつかない。
「月城先輩のお店なんて……私が務まるわけないです。私は、美容師として全然まだまだ未熟で……」
「だからうちで修行すればいいんだ。腕のいいスタッフがたくさんいるから毎日練習できるし、努力すれば必ず最高の美容師になれる。それは俺が保証する。俺ももちろん店には顔を出す。そしたら……穂乃果に会える」
有り得ないような話、でも……有り難い話でもあった。だって、1人前に成長したい気持ちは本当だから。先輩の店でなら、今の環境よりももっともっと自分の腕を磨けるのは確かだろう。いろいろな新しい刺激を受けられる気がする。
挑戦してみたい――
後ろ向きだった私の気持ちが、1歩前に向かって動き出した。
「決まりだな。穂乃果の店には俺が挨拶に行く。俺のフィアンセになったことにすれば、納得してくれるだろ? 実際、いつかそうなることに間違いはないんだから」
「あの、先輩。私、まだ告白のことも、一緒に住むことも、美容院を変わることも、何一つ返事してないと思うんですけど。ましてや、フィアンセになるなんて……」
とうとう言ってしまった。
「そうだった?」
先輩は、意地悪な笑みを浮かべて、私の髪に触れた。
「とにかく、穂乃果の気持ちはこれから俺が変える。そう言っただろ? まずは俺のところに来い。悪いようには絶対にしないから。俺は、言ったこと、したことに必ず責任を持つ。今夜のこともだ。わかった?」
今夜のことも……
さっきの出来事が頭の中に浮かんだ。
激しく絡み合った姿を思い出すと、自然に体が熱くなる。
「先輩、すごく強引です……」
「そんなに強引だと思うなら、そうなのかもな。穂乃果には……つい強引になる」
私だけに強引だって言いたいの?
本気なのか、こういうことを平気で言える人なのか、正直、出会ったばかりで本心はわからない。
でも、お互いの体を重ねたことだけは動かしようもない事実。それを、私はこれから自分の中でどう考えて処理していけばいいんだろう。難しくて、今は何も整理できなかった。
だけど、気がついたら、先輩との同居も、店を変わることも、全部OKしてしまってた。
生活……ううん、人生が一変するような大きな大切な決断なのに、こんなにすぐに結論を出して良かったのか? それをゆっくり考える間もなく、月城先輩の強引さに、完全に引きづられてしまった自分がいた。
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