まるで絵に描いたような一本道が、果てしなく続いている。
空は秋晴れ、雲もない。
辺りを見回すと、山の稜線は緩やかに線を引いている。
本当に絵画か絵本の世界に飛び込んできてしまったみたいだ。
ここが北海道か、と慎太郎は思った。
駅から歩いてきたが、駅の周辺を過ぎると全くと言っていいほど人気がなく、民家も遠い。
行く当てもなく、リュックサックを背負い小さなキャリーケースを引っ張って歩く。
コートを着ているが、少し寒い。
列車に揺られているときは、ちょっと町のはずれの民宿のようなところがいいなと思っていたが、外れてしまうとそんなものは見つからない。
不安になって、やはり駅の近くまで引き返そうかと考えた。
しかし、その不安をも打ち消すこの雄大な風景を眺めているうちに、何とかなるか、という気持ちが湧いてきた。
車も来ないし喧噪もない静かな空間には、ただ自分の足音とゴロゴロというキャリーのタイヤの音がする。それがなぜか心地よかった。
しばらく行くと、道端にぽつんと佇む木の看板を見つけた。そこには、『日高牧場』とある。
「牧場…。北海道らしいな」
ちょっと行ってみようかな、と足を向ける。脇にそれて小道を行くと、やがて牧場が見えてきた。
小ぢんまりとした囲いの中には、数匹の牛がいて思い思いに草を食んでいる。
「わあ…」
こんな光景は初めてで、息が漏れる。
白黒の牛たちは草を一心不乱に食べていたかと思えばふと首を上げ、また牧草を食べはじめる。
そんな「食べ組」をよそに、端のほうで寝そべっている牛もいる。
こんな自由に過ごせたらな、と思った。ほかのことなんて考えずに、のんきに食べて寝ていたい。
ああ、美味しい牛乳が飲めるのもこの牛たちのおかげなのかな、と思うと唐突に感謝の気持ちが溢れてくる。
「ありがとう」
慎太郎は誰にでもなく声を掛けてみる。
すると、後ろのほうから車のエンジン音が聞こえてきた。振り返ると、白い軽トラックがゆっくりと近づいてくる。
もしかしてこの牧場の人かな、と考えているうちに、窓が開いて男性が顔を出す。
「こんにちは。よかったら見てってくださいね」
きりっとした顔立ちのその人は、にこやかな笑みを残して走り去っていく。
きっと北海道の人たちって、こんな感じで知らない人にも気さくに話しかけてくれるんだろうな、と思った。
するとどこからか一頭の牛がやってきた。白の分量が多く、ダルメシアンみたいだ。
柵の隙間から手を伸ばせば触れられそうな距離。慎太郎は顔を近づけ、「こんにちは」と笑いかけてみる。
牛はつぶらな瞳で見返した。そして頭を揺らしながら歩いていく。どこかお気に入りの場所を見つけたのか、しゃがんで寝転んだ。と、
「ご旅行ですか?」
左から声がする。
顔を上げると、先ほど軽トラックに乗っていた男性が立っていた。グレーの作業着だった。
「あ…旅行ではないんですけど」
動揺してお茶を濁すと、男性は微笑む。
「じゃあ帰省とか?」
慎太郎は答えられなくて苦笑いをした。それ以上は訊かず、
「僕、ここの牧場のオーナーやってるジェシーっていいます。アメリカとのハーフなんですけど、生まれも育ちも北海道で。……ちなみにお客さん、これからどこ行くつもりなんですか?」
そう問われ、えっと……とつぶやく。
「ここは観光地でもないし、帰省とかじゃないんなら行くとこもあんまないですけど」
「…特に決めてないんです。なんかゆっくり考える間もなく家を飛び出しちゃって…」
そうですか、とジェシーは笑った。詳しいことを聞いてこないのが今はありがたかった。
「そんなら、うちのとこ来ます?」
え、と声が出る。
「だってもっと市街地に行かないとホテルもないし、夜になると冷えますから。家はシェアハウスみたいな感じで、ほかの人もいるんですけど。男5人暮らしで、ほんと仲いいんです」
アハハ、と楽しそうな笑声を響かせる。
なぜだろう、この人と一緒にいたい、と瞬間的に思った。
「俺も……お邪魔していいですか?」
慎太郎がおずおずと訊くと、
「なんもなんも、邪魔するとこじゃないから全然いいんだよ!」
またアハハと笑う。それにつられて頬が緩んだ。
来てよかったな、と慎太郎は確信した。
続く
コメント
1件