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素敵…✨
「うわあ、ほんとここの自然って綺麗ですよね」
軽トラックの助手席から外を眺め、慎太郎は感嘆の息を漏らす。
ジェシーに、彼も住んでいるシェアハウスまで連れて行ってもらうところだ。
「でしょ? 僕、心の底からこの土地が大好きで、離れたくないんです。東京から南に行ったことなくて」
と笑う。「あっそういえば、お名前聞いてなかったですね。何ていうんですか?」
「森本慎太郎っていいます。下の名前でいいですよ」
「じゃあ慎太郎くんで。今いくつ? 同じくらいしょや」
ジェシーは早々に口調がくだけ、方言が出ている。
「25です。ジェシーくんは?」
「僕、一個上! 近いね」
さも嬉しそうな笑みを浮かべた。慎太郎も一緒に笑った。
「ねえ、慎太郎くんはどこから来たの?」
少し言葉に詰まる。
「…東京です。親戚が住んでて、そこで暮らしてて」
「いいなあ、都会って感じで」
ジェシーは憧れの眼差しを向けた。
「あ、もうすぐ着くよ。ほら、あそこの赤い屋根の家。『六花荘』っていうところ」
民家がぱらぱらと建つ集落に、一つ目立っている赤屋根の家がある。
「素敵な家だなぁ」
ふふ、とジェシーは満足そうに笑った。
「失礼しまーす…」
促され、玄関をくぐる。靴箱には3足の靴が置いてある。
ジェシーの後をついていくと、リビングに入っていく。
「ただいま」
声を掛けると、真ん中に鎮座するこたつに入って背を向けていた男性が振り返った。
「おかえり。……おや、珍しいお客さん。どうしたの?」
「森本慎太郎くん。牧場に来ててね、泊まるとこもないし家来たらって言った。部屋あと一個空いてるしいいしょ?」
「全然いいけど。初めまして、俺はここの大家の高地優吾です。…旅行中?」
慎太郎の持つキャリーケースを見て尋ねる。慎太郎はちょっと困った顔をした。
「旅行のつもりはなくて、その…」
どう説明したらいいか分からなくて口ごもると、優吾はうなずいた。
「いいよ、今話さんくても。部屋はそんな高くしないから、好きなだけ使って」
にこやかに言って、「ちょっと掃除してくるわ」と階段を上がっていった。
「そこらへん荷物置いといていいよ。ここは共用のリビング。っていうか1階は全部みんなで使うとこ。で、2階にそれぞれの部屋があるの。空いてる1部屋はちょっと物置にしてたんだけど…」
上の階には6部屋あり、今5つが埋まっているそう。
「いや、大丈夫です。おいてもらえるだけでも嬉しいので」
あっそうだ、とジェシーは手を叩く。
「長旅で疲れただろうし、牛乳飲もう。僕の牧場のやつ、なまら(すごく)美味しいよ!」
「アレルギーない?」とジェシーは確認して冷蔵庫から瓶を取り出し、コップに注ぐ。「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
一口飲んでみると、味わい深い牛乳の香りが鼻を抜ける。濃厚だ。
「美味しい…」
でしょ、とジェシーもコップを傾ける。
すると、リビングのドアが開いて別の男性が顔を出した。
「あ、ジェシーまたミルク飲んでるべ……ん?」
黒髪ですらりとした人だった。突然の訪問者を見て、怪訝そうな表情をする。
「初めまして、森本慎太郎っていいます。ジェシーくんに連れてきてもらって…」
立ち上がり、今度は慎太郎から挨拶をする。
「へえ、友達なんだ。よろしく。俺は田中樹」
「ああ樹、友達じゃなくって、今日初めて会ったんだけどね。東京から来たらしい。新入りってことで」
「あ、そうなの。じゃあこれからよろしくな」
笑うと、さらりと言って出ていく。
「ちょっとあっさりしてんだけど、楽しいやつだから安心して。あと京本大我ってやつがいてね、あいつは…部屋でパソコンでもしてるかな」
「パソコン?」
「そう。IT会社に勤めてて、遠いところでも仕事はできるからこっちに来たらしい。樹は地元」
へえ、とうなずく。
「もう一人は、松村北斗。近くの診療所で医者やってる。北海診療所ってとこ」
「お医者さん。すごい」
医者という言葉に驚きつつも、安堵する。
「慎太郎くん、仕事は何やってるの?」
「会社員やってたけど…辞めちゃいました。あ、だから何かできることあったら何でも」
「お、じゃあ牧場の手伝いやってくれない? 樹もやってくれてんだけど、近々牛増やそうと思ってるし、人手があったほうが助かる」
喜んで、と引き受けた。
と、「慎太郎くん、だっけ。部屋案内するよ」
優吾が下りてきた。
「ありがとうございます」と荷物を持ちついていく。
案内されたのは、一番角の部屋だった。ほかの部屋にはネームプレートが下がっている。
「広さはみんな一緒だけど、しばらく使われてなかったからちょっと埃っぽいかも…。また掃除入るね。自由に使っていいよ」
「あの、お金は…」
「じゃあ初月無料ってことで」と笑う。
「せっかくの新規入居者だもの」
慎太郎は、ジェシーだけでなくここのメンバーも自分を迎え入れてくれたことが何より嬉しかった。
部屋に入ってみると、大きな窓がまず目に飛び込んできた。広大な大地がよく見える。
優吾が言っていたように、確かに少し埃が舞っていて、息苦しさを覚える。
胸を押さえ、窓を開けた。
「俺、ここで生きていこうかな…」
まだ柔らかくてうぶだった意思が、だんだんと形作られていくのを慎太郎は感じた。
「いや、生きたい」
続く