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私
にはできない。
私には無理だった。
私なんかじゃなかった。
私がやったんじゃない! 私じゃない! 私じゃないからね! 私は悪くない! 私は悪くないよ! だって私はやってないもの! 私はやってないもん! 悪いのはあいつらだよ! 私は何もしてないし何も知らない! あいつらが勝手にやったんだよ! 私は関係ないよ! 私は悪くない! 私は悪くない! 私は悪くない!! 罪深い人間たちの群れの中にあって、彼女は最も潔白だった。
清廉潔癖、品行方正。
汚れなき魂を持つ少女。
しかし誰もが彼女を愛していたわけではなかった。
むしろ多くの人間が彼女に苛立ちを覚えていた。
彼女は善良で真面目だったが、その態度にはいつも余裕がなかったからだ。
何かに追い立てられるように必死になっていたのだ。
彼女は常に緊張していて、少しでも隙を見せれば付け込まれると思ったのか、自分のことしか考えていなかった。
誰かのためではなくて、自分のために生きていた。
そしてそれは誰からも理解されなかった。
だから彼女が追い詰められているように見えた時、誰もが心配した。
誰も彼女の苦しみを理解することができなかった。
なぜなら彼女はあまりにも完璧すぎたからだ。
完璧すぎて、少しの瑕疵もなかった。
それが逆に皆を不安にさせた。
彼女は突然いなくなったのだ。
そしてその日から、ずっと同じ夢を見るようになった。
彼女が消える瞬間の夢。
そして目が覚める度に思う。
あの時どうして追いかけなかったのかと。
彼女は消えたのではなく、最初からいなかったのではないかと。
それでも夢の中の自分は探し続ける。
何度も繰り返し見るうちに、いつしかそれは願望になった。
もう一度会いたい。
会わなければいけない気がする。
今度こそ彼女をつかまえてみせる。
たとえ何をしてでも。
しかし彼女は見つからないまま、時は過ぎていった。
やがて自分の気持ちが変質していくことに気づく。
最初はただ探していただけなのに、いつからか彼女に執着するようになった。
見つけなければ。
捕まえなくては。
どこにいても必ず探し出す。
そして捕えたら二度と離さない。
そう思っていたはずなのに、今は違う気持ちになっていた。
自分の命運を決める戦いに臨む男の背中は、とても大きく見えた。
それはきっと、この人が私と同じ人間だからだ。
私の目の前にいるのは、人間の男だった。
「…………」
「…………」
沈黙の中、視線だけを交錯させる。
互いの出方を窺っているのだ。
「……ふむ」
最初に動いたのは相手側――『月影』の方だった。
「悪くない」
口端を上げて笑うと、男は手にしていた刀を振りかぶった。
同時にこちらからも駆け出す。
「――ッ!」
鋭い呼気と共に振り下ろされた一撃を受け止める。
火花が散り、鍔迫り合いの形になる。
「ぐぅっ!?」
重い! まるで鉄塊を叩きつけられたかのような衝撃に歯を食い縛って耐えていると、ふっと体が軽くなった気がした。
「あれ?」
「お兄ちゃん大丈夫!?」
いつの間にか地面に座り込んでいた俺に、心配そうな顔の妹が駆け寄ってきた。
「ああ、なんとかな……それでどうなったんだ?」
「えーとね、私が『えい!』ってやったら、なんか変なものが飛んでったよ!」
妹が指差す先を見ると、そこには黒い物体が落ちていた。
よく見るとそれは真っ黒なマネキン人形だった。
「これが魔導書なのか?」
俺は恐る恐るその黒い物を手に取った。
見た目に反して軽いそれには確かに魔力らしきものが感じられた。
「そうみたいですね」
隣に立つリリアナが答えた。
「これは一体なんなんだ?」
「おそらくは魔法を使うための道具でしょう。ほら」
リリアナは俺の手から本を取ると、そのままページを開いた。
すると白紙のはずのページに文字が浮かんできた。
「ほう。どうやらこの本を使って魔法を唱えるようだね?」
「ああ、そうだよ。この本には様々な呪文が載っているからな」
「じゃあ早速試してみるかな!えーっと……『風よ吹け』!」
ブォオオオーッ!!
「ぎゃぁあああっ!?」
「おぉ!すごいぞ、本が勝手に開いたと思ったら突風に吹き飛ばされてしまった!!」
「こいつバカなのか?頼むから俺を巻き込まないでくれよ」
「ふむ、次はもっと難しい呪文に挑戦してみようか。えぇーっと、『炎よ燃えろ』!」
ボオオッ!
「うわっ!?今度は火がついたぞ!すごいじゃないか、これで料理とかしたら便利そうじゃないかい?」
「おい、だから俺まで燃やすなって言ってんだよ。つかなんで俺の部屋でやってんだお前ら! 俺は今から寝ようと思ってたんだぞ!」
「だってお兄ちゃんの部屋が一番広いじゃん」
「そうだけどよ……あーくそっ、部屋ん中煙たくてしょうがねえなぁ」
火のついた新聞紙を振り回しながら抗議の声を上げると、妹と弟が揃ってこちらを見た。
二人して同じような顔をしているものだから、一瞬どちらに文句を言うべきか迷う。結局どっちにも言えることなので両方にぶつけることにした。
「俺の部屋は禁煙だって言ったろ!?」
「え~? だってこれくらい平気だよ?」
「平気じゃねーよ、火事になったらどうすんだ」
「そのときはそのときじゃない」