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「な、なんでおまえが……おまえ今日は用事があるって」
はい証拠ゲット。
しょっぱなからお見苦しい場面で申し訳ありません。
ベッドのうえには裸の、いまにも没頭しようとしていた夫と、隣には――
「可哀そうだから録音だけにしておくわ」とランプが点灯するスマホを掲げ、「……にしても《《あなたたち》》だったなんてね。どう? なにも知らないわたしを裏切って気分がよかった?」
ベッドのうえの影は答えない。ふぅん。黙秘権があるとかなんとかってやつか。
じゃあ。追い込むしか、ないよね。
「おまえいったい……」はいはいあなたの話は聞いていませんよーだ。無視してわたしは、扉の影に隠れていた人間に声をかける。「入って」と。
すると影が動いた。みるみるその目に驚愕の色が浮かぶ。「そんな……」
いやいやうちの旦那を誘ってわたしの知らないところでこそこそ裏切ったのはそっちでしょう。なにが、『そんな』だよ。
と内心で毒づくが、……まぁ、想定の範囲内。
「証拠はほかにもあるのよ」とわたしは言い、「……そのままの格好だとなんだから、着替えてからリビングにいらっしゃい」
そしてわたしは彼の背に手を添えて先に寝室を出て行く。……もう、わたしが、このおうちで眠ることは未来永劫二度と、ないだろう。情事の舞台にされたんだもの。
わたしの復讐はここからである。これは、――騙されていたわたしが反撃を企て、そして実行するまでの物語。
*
「うわぁ……本当に素敵なお店だね……有香子《ゆかこ》ちゃん、予約からセッティングまで色々としてくれてありがとう」
「ううん全然」とわたしはティーカップに手を伸ばし、あたたかなジャスミンティで喉を潤す。「みんなに会えるのが楽しみだったから」
真由佳《まゆか》は素直な性格で常に明るい。一方、スマホでパシャパシャ写真を撮り始めるのは朝枝《あさえ》。会うのは彼女が一番久しぶりで十七年ほど会えていなかったか。
するとそんな朝枝の様子に気づき、じゃわたしも写真撮ろう、と水萌《みなも》が言い、しばらくはお写真タイムとなった。
大学時代に知り合ったみんなとこうして集まるのは十五年ぶりか。みな、それぞれに人生というものがあり、……わたしはしばらくは育児で忙しく。この集まりの幹事役ではあるが、なかなか声がけを出来ずにいた。
表参道にて、コース料理とフリードリンクつきのコースを予約し、みんなで集まっている。なかなか主婦であるとのんびり、誰かとお茶をする機会など限られており、こうした機会は貴重だ。
お写真タイムが落ち着くと誰からともなく必然、家庭内の愚痴となる。「……うちの。双子ろくに見てられないからって今日は義母を呼んだの。まったく。子育てくらいたまにはしろって話」
「じゃあ、……今夜は帰さないよ?」
わたしの台詞にみんながどっと笑った。最近流行っているドラマの決め台詞だ。蒔田一臣が課長役でそれを言っている。
「……帰りたく、ないな……」珍しくも真由佳が弱音をこぼす。「帰ったら、あの地獄の日々が待っているのかと思うともう……うんざり……」
真由佳は義理両親と同居しており、子育てもしながらお姑さんの介護までしているという。聞くだけで胸が痛む話だ。
「まぁまぁそんなことは忘れて今日は楽しもうよ」
「そだね。……ドリンクのおかわり行こうか」
「だねー」朝枝の提案にわたしが同調すると水萌が席を立つ。彼女はいつも、言葉より先にからだが動くタイプ。「なんかドリンクの 種類すごく豊富だったよね」
みんなでドリンクをゲットした後はまたもお喋りタイムとなる。元々明るい性格だったはずだが、介護はひとの性格も変えるのか。やや暗い面持ちで真由佳が聞いた。「……有香子ちゃんって、お仕事続けてるの?」
「うん。まぁ」周りを見て慎重に言葉を選んだ。「転職はしたけど」
「えっ」食いついたのは水萌だ。彼女が、この四人のなかで一番バリバリと働いているはずだ。「なんで転職なんか……あの社長さんすごくいいひとそうだったじゃん」
三人はわたしの結婚式に来てくれたので、前職での社長が主賓の挨拶をしてくれたのを記憶しているらしい。
うーん。正直に言うべきか。
すこし迷ったが、「先が見えなくてさ」と本音を言った。
「あの会社、ワンマン経営で社長は白髪だったでしょう? おこさんふたりいるワーママは三人もいたけど、跡継ぎはいないし。
……沈みかけた船に残るのはごめんだなって思ったの。転職するなら、まだ四十代そこそこのいまのうちだなって思ってそれで決めたの」
本当は体調を崩して退職し、休養ののちに転職したのだけれど、そこまで言う必要はないだろう。なにか考え込んだ様子の水萌にわたしは水を向けた。「水萌は? 仕事してるの?」
「え? ああ……」浅く彼女は笑った。「相変わらず社畜ですよ。部長職のオファーがあってさ。九月からは管理職だよ」
「いいなーみんな」この中で唯一、専業主婦の真由佳がため息を吐いた。「外の世界があるっていいよね気が紛れて。家のなかばっか居て家事だの介護だのに追われているとやんなっちゃう。世界に広がりがないんだよね」
「まぁまぁそんなことは忘れて今日は楽しもうよ」と場を盛り上げるのは朝枝だ。「せっかくみんなで集まれたんだしさ」
といっても、こういう、主婦の集まりに愚痴というものは不可欠で。わたしは、敢えて言った。
「勿論真由佳の愚痴も聞くからね。……この面子はまだ介護とかしたことがないから全然、話ししていいんだからね? 今日はそのための会だから」
「やだ……」目から自然と涙が出たらしい。「有香子ちゃんったら相変わらずやさしいんだから。ありがとう。うん。今日は愚痴るだけ愚痴っていや なこと全部忘れる!!」
一方でわたしは気づかなかった。この、表参道のど真ん中の瀟洒なレストランで開かれた女子会こそが、発端になってしまったということに。
*