「……」
先程から視線を感じる。その方向をバレないように見ると相澤が居た。何か用でもあるのかと思い「先生、何か用ですか?」と声を掛けた。まさかバレているとは思わなかった相澤は目を開き驚く。だが、流石はプロヒーローと言ったところか、そうしたのは一瞬ですぐに「なんでもない」と返した。
「そうですか、私の勘違いだったんですね。失礼しました!」
「…………」
ニコニコ、愛想良く他の生徒と話している夕麗を見ていると、本当に普通の生徒のように見える。だが、彼女は普通なのでは無い、そう思うのは夕麗の出生にあった。個性はなし、つまりは無個性。そして住所は東側にある山の中。家族は昔に亡くなっているとの事。怪しさ全開の夕麗は何者なのか、害をなす存在なのかを見極める。
「すげぇ、めっちゃ早ぇ!!」
「夕麗ちゃん走るの早いね!」
無個性にあるまじき身体能力。ボール投げはそこそこ、と言った具合だがその他は上位を独占している。総合結果を発表すると、どんな個性なんだろうと夕麗の方を見る。一方で、最下位である緑谷は顔面蒼白で俯いていた。
「因みに除籍は嘘ね。」
「「え?」」
「君らの個性を最大限引き出す合理的虚偽」
「「は…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
「あんなの嘘に決まってるじゃない。ちょっと考えれば分かりますわ。」
「………虚偽、ねぇ…」
(あれは嘘ではなかった。のに除籍は嘘…彼らには彼を納得させる程の力を持っているのですね。それにしても……)
(随分と分かりにくい優しさですね)
「それと、穂小月。ついてこい」
「えー、なんでですかー!」
「ついてこい」
「強引な殿方は嫌われますよ!!」
「あ?」
「すみませんでした!!」
「なにやってんのww」
突然の呼び出し。しかもクラスメイトの目の前で。なんであいつが特別扱いとイラつく爆豪と緑谷達を見た夕麗は少しでも和ませようと笑いを生み出す。案の定ツボが低い麗日を初めとした人が吹き出す。そんな事はお構い無しに歩き出す相澤に夕麗はついていく。角を曲がり、生徒達から相澤が見えなくなる所でオールマイトが居た。
「相澤くんの嘘つき」
「オールマイトさん。見てたんですね、暇なんですか」
「合理的虚偽って?エイプリルフールは1週間前に終わってるぜ。」
「君は去年の一年生全員除籍処分にしている。見込みゼロと判断すれば迷わず切り捨てる。そんな男が前言撤回!それってさ、君もあの子に可能性を感じたからだろ?」
「君も?随分と肩入れしてるんですね。先生としてどうなんですかそれは。」
「うっ……ごほん。その子が相澤くんのお気にかい?」
「はい、皆の前で熱烈にアピールされて困ってます」
「誤解を生むような発言はやめろ。可能性がゼロではなかった、それだけです。見込みがない者はいつでも切り捨てます。」
「半端に夢追わせる方が、余っ程残酷だ。」
赤らめた頬を両手で抑え、テレテレとする夕麗をバッサリと切り捨て歩き出す相澤とその後を追うように歩く夕麗を見送りながら、オールマイトは「やっぱ、合わないんだよなぁ…」と呟く。
「それで相澤先生。こんな所に呼び出してまで何を聞きたいんですか?」
人気のない場所までところで、夕麗は話を切り出す。相澤の目的を既に見抜いている事に驚くが、話は早い方がいいと言い、早速本題に入る。
「お前は、なんの為にここにいる。」
「なんの為って、そりゃあヒーローになる為しかないでしょ〜?」
「御託はいい。本当の話をしろ」
「……見抜かれていたのですね。結構演技には自信があるのですけど…それで、私の目的を聞いてなんになると?」
「やる気のない奴は除籍する。当たり前だろ。皆本気で夢追ってんだ」
「そうですね…帰りたい、からです。」
「は?」
「帰りたいんです。私は帰らなければならない。早く、早く。でないと、私はまた大切なものを失う事になる。また、大切なものを守れない。そんなのはもう嫌。だから、私は帰らなければならない。お願いします。調べ物が終わったらすぐ消えますので…それまでは貴方の言う事を死ね以外は全て聞きましょう。何かイラつく事があったら私を殴ってください。自らの手を汚したくなければ私が汚しましょう。ですからどうか、私をここに通わせてください。お願い致します」
そう言うと夕麗は土下座をした。何を言っているか分からない、と相澤は頭を悩ます。取り敢えず頭を上げるようにと言うと夕麗は素直に頭を上げた。
「お前の事情はよく知らん。だが、本気だということは分かった。それと、言いなりになるなんて言うな。」
「貴方以外に言いませんよ?」
「そういう事じゃない」
夕麗は「私を殴ろうがなんだろうが何も言わない」と言ったのだが相澤にとってはそうではなかったらしい。仕方がない、相澤も男だ。「男はすぐ勘違いするからやめろ」と夕麗に諭す。
「…はぁ。とにかく、さっきの発言は聞かなかったことにする。それがわかったらもういい、戻っていいぞ。」
「そうですか?わっかりました〜!」
「…………」
夕麗は「じゃあお先に失礼しまぁーす!」と言って走っていった。そんな夕麗の背中を見つめ、相澤は夕麗が言った事を思い出す。初め帰りたいと聞いた時はなんのことだかわからなかったが、話すにつれ最初の陽気さが嘘のように暗く、そしてどんどん小さくなっていく。
「何をそんなに焦っているんだ…?」
相澤の疑問に答えてくれる者は、居ない。
「夕麗、どこいったんだァ…?」
「鬼が居なくなってもお前は居なくなんなよ」
自分の継子を呼ぶ声は誰にも聞こえる事のないまま風にさらわれ消えていった___