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その日、閉店間際のフラウリージェに、1人の男がやってきた。


「あ、あ、あ、あの」

「はーい。いらっしゃいませ」


緊張して挙動がおかしい男に、店員の1人が対応する。その顔にはイタズラ心を滲ませて。


「はひっ! しゅみません来てしまいました! ルイルイさんにこれをいただきましてっ」

「はい存じております。ルイルイのご指名ですね」

「えっ、いや、そんな……」


いきなりいかがわしいお店に来てしまったような感覚になり、男がたじろぐ。もっとも、この場合はルイルイからの指名なのだが。

すっかり萎縮してしまっている男を見て、今店内に残っている店員達がニヤリと笑った。


「お客様。今からでもルイルイから私達の誰かに乗り換えません?」

「いいっ!?」

「うふふ」

「!?」


自分の周りからイタズラっぽい声が聞こえ、慌てて見まわすと、すっかりフラウリージェ店員達に囲まれていた。

美女に包囲された男は、顔を真っ赤にして固まってしまう。


「こうなった男の人って、年齢関係なく初々しいですよね」

「可愛いですねー。おいくつですか?」

「さ、36です……」

「へぇ、イケオジですね。悪くありません」

「悪くないんだ」


店員達は面白がって男を弄り倒している。この男が自分達には絶対に手を出さないと知っているので、やりたい放題である。

男の方も、超高級ブランドの色とりどりな服を着た店員達に囲まれ、下手に動く事が出来ない。触れる事はもちろん、今のこの状況だけで、仲間達に殺されないかと内心ヒヤヒヤしているのだ。


「年齢的にも、アタシがパパって呼んだら堕ちるかな?」

「ごふっ! やめてください僕はルイルイさま一筋なんですっ」

『さま?』

「あっ……」


うっかり口を滑らせて、推しへの忠誠がバレてしまった男。店員達はある程度知っていたが、まさかそういう感じだとは思わず、声を揃えて聞き返してしまった。


「あはは。これは1番の座は奪えないわね」

「ですねー、ざんねーん」


全員知ってたと言いたげな感じで肩をすくめて、あっさりと男を諦めた。店員達は自分達の置かれている状況を理解しているので、恋愛とか考えないようにして今の状況を楽しんでいるのだ。


「貴女達。そろそろいい?」

「はいっ。王女様のご登場でーす」

「へ?」


店の奥からネフテリアが現れた。


「なぜ?」

「だってこの店わたくしのだし」

「そうではなく……」


男が言いたいのは、なぜ今この場にルイルイではなく王女が現れたのかという事。そもそも自分の前に姿を現していいのか、もしや自分の事を把握しているのか、考えれば考えるほど疑問が湧いてくる。

しかし今最も聞いておきたい事は、ただ1つ。


「なんでそんな恰好!?」

「ふっ」


ネフテリアが王女らしくビシッとポーズをキメている。サメの恰好で。


「どうです? リージョンシーカー総長ピアーニャとお揃いでしてよ」

「………………」


男は心底コメントに困っている。


(なんで王女が? なんで魚? いや総長がそーゆー趣味なのは知ってるけど。王女までそんな感じなのか? 僕は試されてるのか? 正解は何だ。似合っている? 奇妙ですね? 間違えたら死刑かもしれん。くそっ、密偵だといつバレた? せめて最期に一目ルイルイさまを拝みたい……)


勝手に命がけで盛り上がっているが、ネフテリアは反応を楽しんでいるだけ。


(ふふ、ファナリア人で他国から来た人は、大変ね。この国はわたくし達王族が庶民ミューゼたちにボッコボコにされたり、面白がってコントするようなテキトーな国よ。そんな硬い考えでは疲れるだけでしてよ?)


ドヤ顔で自虐する庶民以下の王族など、この男にとって理解の外の存在である。

本題は男弄りではないので、ここでこの話は切り上げた。


「さて密偵さん。あ、名乗らなくていいですよ。こちらはしっかり把握していますので」

「!」


一瞬真面目な顔になったが、やはりサメの恰好が気になるようで、すぐに表情が崩れてしまう。


「ああいえ、敵対したいわけではありません。密偵様方がこの店を守ってくれて、とても助かっていますし」

「………………」


男は何も言えない。感づいているとは思っていたが、把握しているというのは予想外だったのだ。しかし一体どうやって?という疑問が浮かぶが、それよりも聞き捨てならない話がネフテリアの口から飛び出る。


「なので、そのお礼ということで、密偵の方々を個別にお誘いし、接待しているんです。あ、もちろんこの事は他言無用でして、お帰り頂いた方々にも秘密にしていただいています。きっと様子はおかしかったと思いますが」

「あー……」(あいつらっ)


男は最近になって時々ボーっとする密偵仲間の事を思い出していた。

どうしてそうなるのか、まさか目の前の王女が魔法で?などと推測していると、裏口から別の人物が姿を現した。


「ふおっ!」


その人物……ルイルイに笑顔を向けられた瞬間から、男は完全に堕ちていたのかもしれない。




「今日の夕食は、わたし特性のハンバーグっ」

「わーい」


フリフリの可愛いエプロンを着けたアイゼレイル人の嫁と、水色の髪のファナリア人の娘が、テーブルの向こうにいる。そして視線を落とすと美味しそうな夕食。


「はっ! えっ……ルイルイさま……?」


説明の最初からの記憶があいまいな男は、どうして自分がここにいるのか全く把握出来ていない。そういう時の為に、サポートとしてオスルェンシスが影に潜んでいる。


「今の貴方はルイルイの旦那様です。さぁ呼び捨てで呼んであげてください」

「!?」


影から聞こえるアドバイス。それは説明を聞いていなかったときの為と、2人きりじゃないぞという監視アピールである。

男の憧れであるルイルイが嫁。そして子供が出来ている。一体なんの幻惑魔法かと疑ったが、鼻に入ってくる美味しそうな匂いが、それを現実だと認識させる。しかも聞き間違いでなければ、これはルイルイの手料理。

それを理解した瞬間、男の理性は半壊した。


「うおおおおああああ!! る゛い゛る゛い゛っ。いつもありがどうっ!」

「うふふ、どういたしまして」

「おとーさん泣い……鼻血でてるよ……」


ここで理性を完全に壊して倒れてしまったら、この幸せは一瞬で終わってしまう。少しでも長く推しとの生活を楽しむ為、男は全身全霊でこの謎の茶番に向き合う事にした。


「ニオは上手に食べれるかな?」

「大丈夫だもん。ほら」

(なるほど娘の名前はニオ。なんなんだこの幸せ空間は。暗殺者として生き始めた時に人の幸せを捨た。密偵部隊に加わってからはルイルイさまに貢いできた。しかしこれは……これが幸福の1つの在り方。家族というものなのか……)


男が初めて感じた家族というぬくもり。これが今限りの出来事だと知っていても、推しが一緒にいるこの空間を抜け出す事など、死んでも出来ない。かりそめの幸せは、捨てた筈の人の心を確実に温めていく。


「ごちそーさま。おとーさん、魔法おしえてー」

「っ、ああいいとも。ここじゃ危ないから、あっちにいこうか」

「こらこら。見せるの小さいのにしてね。あとニオは魔力操作の練習だけ。まだ子供なんだから」

「はーい」


これはファナリアの一般的な家庭の風景である。実際ニオやアリエッタくらいの年齢の子は、親の魔法に関心を持つ場合が多い。

男は仕事柄、何かの役割を演じる事もある。しかしそれとは関係無く、今の空気に飲まれて1人の「おとーさん」になっていた。


「ど、どうかな?」

「おぉ。凄いな。ニオは天才だなー」(え、なにこの子。僕より魔力多くね?)

「えへへ…うわっぷ!」

「うおっ、大丈夫か?」


褒められたニオが恥ずかしそうにすると、魔力が勢いよく霧散した。集中力が切れたのだ。

心配する男の背後から、エプロンを外したルイルイが顔をのぞかせ、当たり前のように隣に座った。


「あらあら。もうちょっと少ない魔力で練習しないとね」

(うおお! ルイルイさまが隣にっ! 近いっ! しっぽ当たってるぅぅぅ!)


ルイルイはわざと丸い尻尾を当てていた。

そんなものを当てられて、男は正気を失うどころか意識が落ちかける。それでもなんとか平静を装おうとするが、ルイルイにはバレバレである。


「ごめんなさい。尻尾を当てちゃうだなんて、恥ずかしいわ」

「は、ははは、はへ」(かわいすぎるうううう!)


アイゼレイル人にとって、尻尾に触れられる事自体は、実はなんでもない。手を触れるようなものである。しかしファナリア人にとって触れて良いものなのか分からないので、恥ずかしがられるだけで悪い事をした気分になってしまうのだ。

しかもそれが推しとなれば、罪を犯した気分にまでなってしまう事もある。


(触れてしまった。ルイルイさまの尻尾に。そうだ今夜暗殺に失敗して死のう。この感触が肌に焼き付いている間に)


恥ずかしさを隠し、爽やかを装ったまま自身の最期を考えるこの男は、もう駄目かもしれない。


「あーっ、おとーさんとおかーさんが仲良くしてる!」

「あっ、いや、その」

「ふふ、いいでしょー」

「ひょおい!?」


尻尾どころか、肩に寄りかかられた。家族という設定に浄化されながらルイルイによってかき回される心は、もはや限界をとっくに超えている。

ニオがトコトコと近づいてきて、上目遣いで男の顔を見る。その可愛さだけでも精神を保つのは難しいが、なんと横にいたルイルイが前にやってきて、同じように上目遣いで見上げてしまった。


「~~~~~!!」(なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ天使に見られてるもうだめそんな目で見られたら……)


頭から蒸気が出る程まで顔を真っ赤にし、腕をガタガタ振るわせて、推し達からの視線に耐えようとしている。しかしルイルイが耐える事を許さない。


「あ・な・た」

「へひっ!」(アッ)


男の何かがプツリと切れた。全身から力が抜ける。その瞬間、ニオが追い打ちをかける。


「おとーさん♡」

「に゜ょっ!」


ニオの甘ったるい声で、口から変な音が出た。

そんな砕かれた男の精神に、2人がトドメを刺した。


『だーいすき』

「は……………」


そこで男の意識は途絶えた。

しばらくしてネフテリアが入室。男は起こされ、ボーっとしたままルイルイ達に見送られ、エルトフェリアを後にした。最後に「また来てくださいね」とルイルイに言われたので、絶頂のまま死ぬような事はしないだろう。


「あの人も、これで正式にわたくし達の部下ね」

「……毎回思いますけど、エグい色仕掛けですよね」

「だって体を売るような真似はさせたくないし、ニオもアリエッタちゃんもいるし」

「で、リサーチした結果、仕事柄手に入れる事が出来なかった幸せの再現。ここまで成功するとは」

「ミューゼやってくんないかなー。理性爆発する自信あるんだけどなー」

「木に埋め込まれても知りませんよ」


この数日後、最後の密偵を堕とした。結果、エルトフェリアのあるニーニルには、数ヵ国の護衛が実質タダで非公式採用となった。ちなみに給料は各国持ちである。


「ま、せめてものお礼として、フラウリージェの優先発注は受け付けないとね」

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