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レオンの手が、リゼの背中に触れた。
「少し熱くなるぞ」
次の瞬間――
リゼの背中の奥で、何かが弾けた。
リゼは思わず息を呑む。
「……っ!」
熱を感じる。痛みはない。
体の奥から、じんわりと広がる。
それは血液をはじめとする体液を経由しない、不思議な温もりだった。
「魔導腺の躍動を感じる……来た!」
レオンが声を上げた瞬間、リゼの指先がふわりと光った。
淡い粒子が、空中に舞う。
「……光?」
リゼの手のひらから、やわらかな光がこぼれ出す。それは火や雷とは違う、陽だまりのように、優しく澄んだ光だった。
「魔力が見えるようになったかな? じゃあ実践といこう」
レオンが部屋を見渡す。
テーブルの上に置かれていた胡椒の瓶を目に留めると、手のひらに中身を広げた。
「……乾燥したスパイスの実。リゼの初めての魔法なら、これがいい」
レオンはそれを握り込み、空中にばらまく。
「君がずっと憧れた魔法、生命の再生を映し出せ!」
胡椒の粒が、リゼから発せられる光に触れた瞬間――芽吹いた。
黒い粒の殻を破り、細い緑の芽が伸びる。
一粒、また一粒と、次々に芽が吹き出した。床に落ちると同時に根を張り、茎を伸ばし、蔓が走り、枝葉が広がる。
机の脚を這い、椅子をよじ登り、壁へと伸びる。
そして――花が咲いた。
白、赤、黄色、オレンジ、ピンク――色とりどり花弁が、光を受けてゆっくりと開く。
一輪。二輪。
やがて部屋中に、無数の花が咲き始めた。
淡い光を宿した花々が、天井まで広がっていく。
まるで春が一瞬で訪れたかのように、客室は花の海に包まれた。
光に照らされた花びらが、ゆっくりと宙に舞う。
リゼはじっとそれを見つめた。
「私が、魔法を……?」
「俺と一緒に来てくれ、リゼ」
静けさを取り戻した部屋で、レオンが言った。花の魔法は一瞬で終わりを告げた。リゼの魔力が尽きた時点で、もとの黒い胡椒に戻っている。
「この家にいては、せっかく芽吹いた君の才能も腐る。今の君を蔑むことができる人間はもういない。知識を生かせば、君は最高の治癒魔法の使い手になれる」
「……レオン様」
「レオンでいい。敬語も要らない。これからもたくさん話を聞かせてほしいんだ。医学の話も、君の話も。ずっと敬語じゃ疲れるだろ?」
「うん、ありがとう」
リゼがためらいがちに言うと、レオンが屈託なく笑う。
その笑顔を見ていると、暖かい気持ちになる。
それでも、リゼは思い悩む。
――彼はきっと私を大切にしてくれる。
――それなのに、何故だろう?
――私は、この屋敷を離れることを拒絶している。
リゼがうつむく。
「ごめん……何だろう? 心の中に、何か不安を感じて……」
「不安? ああ……すまない、当然だな。昨日暗殺されかけた人間と一緒なんて、確かに不安か。でも安心してほしい。もう不覚はとらない」
「いや、レオンは何も悪くなくて……」
心の奥で、何かが警鐘を鳴らしている。
レオンの話に矛盾はない。嘘をついている印象もない。彼の誠実さも、リゼをよく思っている気持ちも、態度からわかる。それは素直に嬉しい。
彼から聞きたい話も終わり、その正しさも証明された今、父やベアトリスが目を覚ます前に早く屋敷を出るべきだ。
彼の隣で医学研究を続け、憧れだった魔術師の道を歩むべきだ。
それでも、心に澱が残る。
何かを見落としている気がしてならない。
おそろしく危険な、何かを。
「そっか。わかった」
なぜまだ屋敷を出てはいけないのか? 答えが出た。
細かな情報が頭の中で漠然と一つになる。本能的に感じ取った不安の正体が眼前に広がった。
リゼは焦点の合わない目で、茫然とつぶやいた。
「ステラが、殺される」