天帝は眉をひそませながら、男に問い掛ける。
「この映像は作り物じゃないのか?」
「作り物ですか、そうですか。皆さん、聞きました?この映像を見ても、天帝は嘘だと言いました!!」
男は天帝の言葉を大声で人だかりに向かって叫ぶ。
「これを見ても嘘だって言うのか?おかしくないか?」
「もう良い、天帝の言う事は当てにならない。天界軍を下界に派遣させる」
「いや、ちょっと待て!!」
静まった場が再び騒ぎ出し、観音菩薩の下っ端達が止めに入る。
「お前等、天帝の言った事を疑っているのか!?我々、天界人や神々の長なんだぞ!!」
「長だからって、いつも言っている事が正しいとは限らないよね?それに君、額から冷や汗が出ているようですが…?大丈夫ですか?」
「貴様…っ、さっきから何を言っているんだ!?」
そう言って、観音菩薩の下っ端の一人が男の胸ぐらを掴む。
「あーあー、野蛮だなぁ。天界人であろうものが、こんな事するんだ」
「貴様がいちゃもんをつけ…、え?」
ポトッ、ポトッ…。
観音菩薩の下っ端の男の腹から刀の刃が突き刺さっていた。
銀色に輝く刃を赤黒い血が伝って行く。
「グァァァァァァァ!!」
ブジャァァァァ!!
毘沙門天側にいた神の一人が血を吹き出して、その場に倒れる。
「天帝、下がれ」
「観音菩薩は天帝の隣に」
明王と如来が二人の前に立ち、目の前にいる男に其々の武器を突き刺さす。
「お前、鬼だな」
如来はそう言って、刀の刃を男の首元に付き当てる。
「もう良くない?温羅。コイツ等で遊ぶのも飽きた」
「おいおい、縊鬼。そうそうにバラすなよ」
「バラスも何も、コイツ気付いてんじゃん」
人混みの中は返り血を浴びた縊鬼が男の隣に立つ。
男は顔をスッと手のひらで触れると、温羅の姿になった。
「テメェ等、天界に何の用だ。二人で来たのか」
「あぁ、俺達だけだと天界に来れないって?」
「挑発的な喋り方しやがって」
「俺達だけじゃないって言ったら?お前等はどうすんかな」
温羅がそう言った瞬間、ドドドッと音を立てながら地鳴りが起き出す。
「「「キィィェェェェエ!!!」」」
「「うっ、うわぁあぁぁぁぁあ!?」
地面から出て来た芋虫達は容赦なく神達に襲い掛かる。
「こっちの王は箱入りの王様だね。アンタの周りには、いつも誰かいて。今もそう、うちの王だったら喰われてる神達を見捨てないよ」
「お前等の王とうちの天帝が違うのは当たり前だろうが」
「そう言う所から綻びが出るんだよ」
「んだと!?」
縊鬼の言葉を聞いた明王は、縊鬼の胸ぐらを掴む。
「あの水晶に映っていた事は間違いなく真実だ。だって、現に俺達の事を助けようともしないじゃないか!!」
観音菩薩の下っ端の男の一人が天帝に向かって叫ぶ。
「観音菩薩殿、どうして我々を助けないんですか!!同胞達が芋虫に喰われているんですよ!!」
「助けて下さい、観音菩薩殿!!」
「どうすんだ?観音菩薩。お前の事を呼んでんぞー。早くしねーと死んじまうぜ?」
明王の手を払い退け、温羅は観音菩薩の顔を覗き込む。
「命は一つしかねーんだ。一分一秒、この時間の間に死んで行く奴は死ぬ。テメェ等は自分の命だけが可愛いってか?」
「私は助けるよ、その為に彼等を呼んでいたんだからね」
「飛龍隊、到着しました!!」
観音菩薩の側近の一人が飛龍隊を連れて、観音菩薩達の背後から現れる。
「お前等、芋虫達の駆除を開始しろ!!」
「「「御意!!」」」
隊長の飛龍の言葉を筆頭に、飛龍隊達は次々と芋虫達を駆除して行く。
「何故、こんな真似をするんだ。目的は何だ?私を殺しに来たをたんだろ」
「へぇ、殺される自覚はあんだ。さぁて、それはどうかな」
天帝の問いに温羅が答えた瞬間、天帝邸から大きな黒い煙が上がる。
温羅達と天帝達が揉めている中、天帝邸の警備兵達が次々と血反吐を吐きながら倒れて行く。
「グヘッ!!」
「ガハッ!!」
白い廊下と白い壁に血飛沫が飛び散り、邪の長い爪を伝う赤黒い血。
垂れる血を手を振るいながら飛び散らせる。
「な、何なんだよコイツ!?」
「一人で二十人も殺しやがったぞ!?」
天界軍五十人は邪の姿を見ながら後退りして行く。
「ザッと五十人ぐらいでしょうか」
「おー、目が見えねぇのによく分かったな」
血肉がべっとり付着してた刀を引き摺りながら、黄泉津大神様は邪の隣に立つ。
「おい、女の後ろを這い蹲ってるのって…」
「首輪に繋がれた天之御中主神…?どうなってんだ…つ…。グァァァァ!!」
「ペラペラうるせーなぁ。さっさと死ね」
喋る男の首を斬り落とした黄泉津大神は、次々と目の前にいる男達を斬り殺す。
「さっさと着いて来い犬っころ」
グッと天之御中主神の首輪の鎖を引っ張り、乱暴に廊下を歩かせる。
「残りを殺すのも面倒ですね」
バキッ!
邪は隣に立っていた木の柱を破壊し、適当な長さになった木の柱を手に取った。
「煙火(エンカ)」
そう言って、フゥッと木の柱に吹き掛ける。
すると、木の柱の先端から黒い煙が立ちながら炎が現れた。
「あ、ここ調理場じゃねーか。おい、犬っころ。そこの黒い壺取って来い」
「は、はいっ」
黄泉津大神の言葉を聞いた天之御中主神は、食堂に入り黒い壺を持って戻って来た。
天之御中主神に壺の蓋を取らせ、黄泉津大神は匂いを嗅ぎ始める。
「おい、邪。これ中身、油だぜ」
「あぁ、それなら…。天之御中主神さん、油を兵士達にかけましょう。ほら、早く」
黄泉津大神と邪は兵士達に聞かれないように小声で話す。
「妖怪が命令してくんな」
パシッ!!
邪を睨み付ける天之御中主神の頬を黄泉津大神が叩く。
「さっさとしろ」
「は、はい…」
バシャァァァア!!
天之御中主神は兵士達に向かって油をかける。
「ブッ!?何だ…って、これ…って油か!?」
「おい、逃げるぞ!!」
ダダダダダダダッ!!
ビュン!!
逃げ出す兵士達に向かって、邪は炎の付いた木の棒を投げつけた。
ゴォォォオオオオ!!
「グァァァァァァァア!!」
「痛い、痛い痛い!!!」
「熱い、熱いっ!!」
油まみれの兵士達の体に、一瞬で炎が燃え盛る。
一人、二人、三人と次々に炎が燃え移り、兵士達は悶え苦しむ。
「邪魔だ、退け」
ブンッ!!
ブジャァァァァ!!
黄泉津大神は苦しむ兵士達の背中を斬り刻んで行く。
赤い炎の中で悲痛の叫び声と血飛沫が飛び散る。
天之御中主神は目の前で起きている惨状から、思わず目を逸らしてしまう。
「しっかり見ろや、天之御中主神。これが、お前が作った世界だろ」
黄泉津大神が乱暴に天之御中主神の髪を掴み、無理矢理に顔を上げさせた。
「天帝の部屋はこちらのようですね。神力が漏れ出ています」
そう言って、邪は金色の襖を乱暴に開ける。
ガラッ!!
天帝の部屋の壁には巨大な絵巻が飾れ、黄泉津大神は
まじまじと見つめた。
「何が描かれているんですか?」
「妖達と神達、人間共の死体が転がってるな。それと、観音菩薩と毘沙門天が対立してる絵だな」
ズシャッ!!
邪の問いに答えながら、黄泉津大神は絵巻を斬り付ける。
ゴォォォオオオオ!!
あっという間に、廊下から迫って来た炎が絵巻を燃やす。
「ここは壊落しますね、離れた方が良さそうだ」
「そうだな。息子に頼まれた用は終わらせた…」
「どうかしました?」
「…。邪、先に帰ってろ」
窓の外をジッと見つめる黄泉津大神。
邪は何かを感じ取ったように「分かりました」と答える。
黄泉津大神は天之御中主神を連れて、そそくさに部屋を出て行く。
「さてと…、神力が漏れて出してるのはここからかな」
邪は近くにあった書斎から、一つの巻物を取り出す。
「成る程ね、こっちが”本物”だったか。あー、目が見えていたら中身も見れたのになぁ」
ふと、邪の脳裏に悟空の顔が浮かんだ。
巻物を懐にしまいながら、邪は天上に向かって顔を上げる。
「…、どっちも選べたら良いのに」
燃え盛る炎の中、邪は小さく呟いた。
鳴神 (飛龍)
観音菩薩の使用人から呼び付けられ、観音菩薩達の元に到着したのは良いが…。
ブンッ!!
長年使って来た槍を振り合しながら、芋虫達を蹴散らして行く。
「キェェェェェェエ!!」
「うるせぇ、虫だな」
パチンッと指を鳴らすと、空が曇り出す。
ドゴドゴドゴーン!!
灰色の雲から雷が現れ、芋虫達に落雷して行く。
この体になってから自由に天候を操り、雷を落とせるようになった。
黒焦げになった芋虫達は、次々と灰になって消えて行く。
「隊長、怪しの類じゃありませんね」
「お前もそう思うか」
「えぇ、異形のモノと言った方がしっくりしますね」
「何かがおかしいのは間違いねぇ」
雲嵐と俺は背中を合わせながら、芋虫達を蹴散らして行く。
焦げ臭い空気に一瞬だけ、懐かしい匂いがした。
金木犀の匂い…。
伊邪那美命が好きだった花の匂いだ。
ジャラジャラッ!!
鎖が揺れる音が聞こえ、音のした方に視線を向けた瞬間。
ボロボロの天之御中主神が、俺の隣を横切る。
「は!?今のって、天之御中主神!?」
「アイツは追放されたんじゃねーのかよ!?」
俺の部下達は天之御中主神の姿を見て、困惑の言葉を吐く。
「よぉ、今の天帝はお前か?」
ドクンッ!!
鼻声みたいに低い声、金木犀の香りが再び漂う。
「っ!?君は…っ」
戸惑う天帝の目線の先には、黒と白のツートンカラーの髪の女がいた。
赤黒い瞳は天帝ではなく、俺を捉えている。
ガシャンッ!!
持っていた槍を地面に落とし、俺は女の目の前まで走った。
「隊長!?」
「どうしたですか!?」
「まさかっ…!!」
慌てる隊員達の中、俺の後を追って来たのは雲嵐だった。
「んだよ、この女。天之御中主神を連れて来たのは、お前か」
「舐めた口を聞くな明王、お前の生みの親だぜ?私は」
「あ?生みの親だぁ?何訳のわかんねー事言ってんだよ」
明王は女を睨みつけながら言葉を吐く。
観音菩薩は顔を真っ青のまま固まって動かない。
目の前に立って女を見下ろす。
病人みたいに白い肌、浮き出た骨。
鎖に繋がれ、痩せ細っていた伊邪那美命の姿そのものだった。
会いたいと恋焦がれていた女が目の間にいる。
バクバクと心臓が鼓動しているのが分かる。
震えてる手で女の頬に触れ、愛おしい女の名前を呼んだ。
「伊邪那美命…だろ?」
「「なっ!?伊邪那美命だって!?」」
驚いた如来と明王の声が重なる。
「よく分かったな、私だって」
「分かるよ…、どんな姿になってもお前だって分かるよ」
「飛龍、お前に会いたくて黄泉の国から出て来た」
その言葉を聞いた瞬間、俺は伊邪那美命の体を抱き締めていた。
細い体を痛めないように優しく抱き締める。
あぁ、伊邪那美命が俺の元に帰って来た。
俺達はようやく、また一緒になれるんだ。
「俺が迎えに行くべきだった。ごめんな、伊邪那美命。すぐに迎えに行けなくて」
「良いの、そんな事は。ただ…、一つだけ許せない事があるの」
伊邪那美命がそう言った瞬間、グサッと何かが刺さった音がした。
「隊長!!!」
雲嵐の声が遠くから聞こえ、込み上げて来たものを吐き出す。
「ガハッ!?」
吐き出された血は伊邪那美命の髪に付着する。
伊邪那美命が俺の腹に刀を突き刺しながら口を開く。
「何だと思う?それはね、私をあんな目に合わせた神共と一緒にいる事。どう言うつもりなのか言ってみろよ、飛龍」
ゾッとする程の殺意の満ちた瞳を向けられた。
リンゴーン、リンゴーンッ!!
襲撃準備の要請の鐘が鳴り響いた。
「教えてよ、飛龍。神側についたのは何で?」
「ガハッ…。俺達の息子、悟空に未来を託したからだ。お前と幸せに暮らす未来を…」
「は?」
伊邪那美命は刀を持つ手に力を入れ、グッと俺の腹に再び仕込んだ。
「息子が悟空?何を言ってるんだ、お前」
「いざ…なみ?」
「俺達の息子が悟空?私達の息子は美猿王だろうが!!」
そう言って、伊邪那美命が俺の腹に蹴りを入れた。
ドカッ!!
「ゔっ!!」
「隊長!!」
吹き飛ばされた俺の体を受け止める雲嵐。
伊邪那美命は眉間に皺を寄せながら、俺の前に立つ。
「作りもののガキが息子だって?随分と神に毒されたな、お前」
「伊邪那美命様、おやめください」
「退け、雲嵐」
俺の前に立つ雲嵐を睨み付けながら言葉を吐く。
「あーあー、がっかりですねぇ?お母様」
「温羅、お前もそう思うか」
「そりゃそうでしょ。愛する妻がいるのに、妻の言葉を聞き入れてない。この世界が悪いんですよ、不平等なこの世界が」
鬼の言葉を聞いて伊邪那美命は、俺に刀を向ける。
「私は息子、美猿王を王にするって決めたんだ。この世界を作り変えれるのは美猿王だけ。安心して良いよ?飛龍。この世界のお前が死んでも、次の世界で会えるんだから」
「伊邪那美命…、美猿王はお前を利用してるんだぞ。お前だって、分かってるだろ」
伊邪那美命は頭が切れる女だ。
美猿王が上手い言葉を並べて、話している事にも気付いてる筈。
「利用されてる事ぐらい分かってんだよ。それでも良いって思ってる」
「伊邪那美命、俺はお前を愛してる。愛してるんだよ」
「愛で救われてたなら、この世は落ちぶれてねぇ」
「「「隊長!!」」」
俺の部下達が一斉に集まり、陣形を固める。
伊邪那美命はスッと手下ろすと、再び芋虫達が現れ始めた。
「伊邪那美命、君の苦しみは私達じゃ計り知れない程だ」
「だから?」
「鳴神が私達と共に行動してるのは、君を救…」
「天帝!!」
キィィィン!!!
天帝に振り下ろされた刀の攻撃を如来が受け止める。
刀を振り下ろしたのは縊鬼だった。
「「「ギィェェェェエ!!!」」」
芋虫達が奇生声を上げながら、俺達に向かって走り出す。
「綺麗事は聞き飽きた」
伊邪那美命の小さな言葉を、俺は聞き逃してしまった。
もう、俺達はあの頃のように戻れないと確信した。
下界 平頂山
孫悟空ー
無天経文に連れて来られたのは神社だった。
参道に降ろされ、俺と三蔵の前に星熊童子と夜叉が立つ。
「お姫様を助けに来たんでしょ?王なら本殿にいるよ」
「ついて来い」
星熊童子と夜叉が本殿に向かって歩き出す。
俺と三蔵は黙ったまま、二人の後を追うように歩き出した。
全てが白で統一された神社、風の音も鳥の鳴き声すらしない静かな空間だ。
「なぁ、悟空。ここ嫌に静かじゃない?」
「この辺り全体に結界が張られてるからだろ。術師はテメェの後ろを歩いてる男だろ」
そう言って、三蔵の後ろを歩く法名和尚に視線を送った。
法名和尚は俺の視線に気付いたが、すぐに視線を逸らす。
本殿の中も嫌って程に白が広がっていた。
「あぁ、王の趣味じゃないよ?私の趣味。白って良いでしょ?何色にも染まるから」
星熊童子はそう言って、白い壁を指でなぞる。
「源蔵三蔵、霊魂銃からてを離してね?私達も刀から手を離してるんだから」
「っ!?」
「見なくても分かるよ、人間の行動は単純だからね。隙があったら殺そうとしてくる」
「…」
三蔵は黙ったまま懐から手を離し、星熊童子を見つめる。
この女の放つ威圧感が、嫌って程に体に突き刺さる。
「怖がらなくて良いよ?今日は”殺してあげない”から」
星熊童子は可愛らしく笑うが、アイツの女なんだと自覚させた。
冷酷で、戦の場数も踏んでる。
俺達を迎えに来させたのも、この女の威圧感を浴びさせる為か。
黒い龍が描かれた襖が開かれると、偉そうに座っている美猿王が部屋にいた。
そして、美猿王の足元には血だらけの牛魔王が座っている。
血の匂いが新しい。
痛ぶられた後か。
「悟空…、テメェ…。何で、ここにいやがんだ」
「美猿王から話は聞いてんだろ」
「チッ」
コイツ、容姿が幼くなってる。
俺と同じように牛鬼が体から、牛魔王を引き剥がしたんだろうな。
「あぁ、ここにはお前等の女はいねーよ。別の空間にいる」
美猿王は煙管を吸いながら、俺と牛魔王を交互に見つめる。
「別の空間って、どう言う意味だよ」
「頭が足りねーなぁ、三蔵。天界だけが別の空間じゃねーだろ」
「勿体ぶらずに、さっさと言えば良いだろ!!」
「六道の一つ、修羅場に女共と経文を落としてきた。女共は一人ずつ鳥籠の中に入って、経文は宝箱に入れてある」
「修羅場!?お前が六道の世界の扉を開けるのか!?」
美猿王の言葉を聞いて、三蔵は目を丸くして驚く。
爺さんから聞いた事があったが、実際に行けるとは思っていなかった。
「少し黙ってろや、三蔵。修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道に生きた人間が入れる時間は六時間と決まってる。何が言いたいか、分かるだろ?悟空」
「六時間以内に戻って来れなきゃ死ぬって事だろ」
「それと、修羅道から抜ける為の扉がある。ただ、人
数制限があるらしいんだよ」
俺と美猿王の会話に牛魔王が割って入る。
「人数制限…って、まさか二人だけとかじゃねーよな」
「お、正解だ。よく分かったな」
「そう言う事かよ。出る為には殺し合いをしろってか」
「この世は平等じゃねーんだ。奪われたくなかったら守らねーとな」
そう言って、美猿王は煙管を灰皿に叩き付けた。
「女共を落としたのはついさっきだ、夜叉」
美猿王に名前を呼ばれた夜叉は、静かに分厚い黒い本を美猿王に手渡す。
「修羅道に行けるチケットってヤツだ。俺達はこの鏡から、お前等の行動を見てやるよ。どうなったか気になるしな」
布を被せられた鏡が姿を現し、星熊童子は布をすぐに剥ぎ取った。
周りに骸骨が張り付いた巨大な鏡には、鳥籠に入っている小桃と百花を映し出す。
牛魔王は慌てて鏡に近付き、映し出された百花を見つめた。
「牛魔王、この女は牛鬼の番(ツガイ)だろ?惚れたのか」
「馬鹿言うなよ美猿王。この女には借りがあんだよ、それを返しに言ってやるだけだ」
「俺にはどうでも良い事だ、理由なんて好きに作れ。どうする?当然、行くだろ」
そう言って美猿王は再び、悟空と牛魔王の顔を見つめる。
鏡に映ったボロボロの姿の小桃が、ゆっくりと顔を上げる。
その姿を見たら居ても立っても居られなかった。
こんな姿にさせた美猿王達を許せねぇ。
いや違うな。
もっと許せねぇのは俺自身だ。
手のひらに爪が食い込むまで、力強く拳を握る。
「夜叉」
「分かりました」
ビリッと二枚、紙を破り俺と牛魔王に渡してくる。
何の変哲もない、ただの白い紙だ。
「この紙を破れば修羅場に勝手に飛ばされる。そんで、出口は針山の頂上?らしい」
「お前…っ、まさか分かんねーのかよ!!」
「分かる訳ねーだろ、降りてねーんだから」
三蔵が美猿王に食って掛かるが、美猿王はサラッと受け流す。
「お前、次に王に舐めた口を聞いたら殺すぞ」
ドスの効いた声を出しながら、夜叉が三蔵の首元には刀を突き付ける。
「夜叉、客人に手を出すな。月鈴が三蔵に釘を刺してたろ」
「そうですが…、さっきからうるさくて」
「うるさいのは同感だ。おい、三蔵。次、うるさくしたら片腕を斬り落とすぞ」
夜叉に刀を下ろさせた美猿王は三蔵を睨み付ける。
「迎えに行ってくるわ」
「悟空…、早く帰ってこいよ!!」
そう言って、三蔵は俺の手を掴んだ。
その瞬間、俺の体の中に何かが流れ込んできたのを感じた。
思わず三蔵の顔を見つめると、三蔵は黙って俺の顔を見て小さく頷く。
コイツ、分かってんじゃねーか。
「ちゃんと帰ってくるよな…?」
「たりめーだろ」
同時に手を離し、俺は牛魔王に対面するように立つ。
お互い黙ったまま、手に持っていた紙を同時に破った。
ビリッ!!
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