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「いいんだよ。そんなの気にしないで。そもそも、なんで君が謝るんだい?」


「いや、あいつらの魔の手から先生を守るのが当面の僕の役目かなって」


「魔の手って!」


朗らかに笑い転げる蓮。

ふと視線をあげると梗一郎の色素の薄い瞳とぶつかり、蓮の頬が緩む。

キッチンと呼ぶより台所と表現するしかない狭い空間で、ふとした拍子に感じる彼の体温がなぜだか心地好い。


最近、講座の準備とアンケートの集計と論文の調べ物ばかりに時間を費やしていた。

すべてが遅々として進まず、自分の時間の使い方の何が悪いのか考え込んだり。

そんななか、今日はよく笑っている気がする。


「芋けんぴかよー」と、背後からの遠慮ない叫びに、梗一郎が顔をしかめた。

端正な顔が歪むのを間近で眺めて、蓮は目を細める。


「ごめんよ、モブ子さんたち。うちにはお菓子は芋けんぴしかないんだ。トロトロオムレツの次に好きなのが芋けんぴなんだ」


不平を漏らしつつも、しっかり芋けんぴに手を伸ばす女子たち。


モブ山イチ子、モブ川ニコ、モブ田みみ美──通称「モブ子」ら。

嘘みたいな名で括られている彼女たちは一見、三つ子のようにもみえる。

よく見れば顔立ちも声も体格も全然違うのだが、何というか……醸しだす雰囲気が同じなのだ。


蓮曰く「みんな良い子」なのは確かなようだが、いかんせん少々クセがあるようで。

今も芋けんぴを口にくわえながらボロ屋を無遠慮に見回している。


「蓮ちん、ここの家賃っていくらだ?」


「9千円だよ」


「きゅ……?」


蓮も窘めるでもなく、律儀に答えてやっている。


「お風呂がないからね。相場より安いんだ」


「だからって9千円は破格だな……」

「蓮ちん、お風呂はどうしてるんだ?」

「まさか、湯船の代わりに……」


モブ子ら、じっとりした目で流し台を見やる。


「お風呂は近所の銭湯に、5日に1回は行くようにしているよ」


「あっ、ちゃんと銭湯に行ってるのか。良かった」

「5日に1回だって? いやまぁ、良かった」

「てっきり流し台で洗ってるのかと……良かった」


モブ子らの失礼な疑惑。

意味が分かっていない蓮は、銭湯の大きな湯船は気持ちがいいからねぇと、どこまでものんきに笑っている。


横から梗一郎が何か言いかけては結局、諦めたように口をつぐんだ。

そんな彼にもモブ子らの容赦ない攻撃が。


「ちょ、待て待て。小野ちん、味噌汁の椀じゃないか、それ」


椀に口をつける梗一郎を指さす。

「アッ」と蓮が声をあげた。

湯呑の代用として彼には味噌汁椀で茶をいれたのだ。


元より客人用の食器などない家である。

「ごめんねぇ」と蓮が謝りかけるのを遮るように、梗一郎は鞄から紙の束をつかんで座卓の真ん中に置いた。


「ほら、アンケートの集計を手伝うんだろ」


何を寛いでいるんだという口調に、モブ子らもしぶしぶ芋けんぴをつまむ手を止めた。


「小野ちんは、蓮ちんには優しいけどアタシらには塩だな」


ヤレヤレとため息をつきながら広げたアンケート回答用紙は、ひとつひとつがかなり分厚い冊子になっている。


「日本史の用語認知度のアンケートなんだ。五十問からなる問いを集計していくんだよ」


「これは……蓮ちんよ、かなり面倒なお仕事のようですな」


「ごめんよ。俺もエクセルに打ちこんでいくだけだと思ってたんだけど、まず分類がややこしくて。しかも回答が記述式だから手間で……」


蓮と梗一郎のノートパソコンだけで、座卓の上はいっぱいだ。

湯呑代わりの茶碗と芋けんぴを畳に避難させて、モブ子らは回答用紙をパラパラめくっていた。


「蓮ちん、何でこんなの押しつけられてんの。そもそもBL学とは関係ないアンケじゃないか。やんわり断るとかできなかったのか?」


「うん……。学生のときからお世話になってる先生だから」


「人が好いな、蓮ちんは」


「ごめん……」


好き放題言うモブ子らには、梗一郎の咳払いなど聞こえるはずもない。

カタカタとキーボードを叩きながら猛スピードでアンケート用紙を繰っているのは、この空間で彼だけであった。


「ねぇ、蓮ちんがBL学に目覚めたきっかけは何だ? アタシらは、それがすごく気になっている」


君たち、仕事してよね──なんて言いながら、蓮自身アンケート冊子の端を折りながら窓の外を彩るピンク色の花に視線をさまよわせている。


「大学のときに日本史を勉強してたんだけど。権力が武士に移っていく時代が興味深くて、卒論では保元の乱を取り上げようかなと思ってたんだよ。史学科の君たちなら、当然知ってるよね、保元の乱」


「あー、うん。まぁ?」

「薄々は……。なぁ?」

「まぁ、一応は。薄々」


「お、俺は今、君たちのことが心配になったよ!」


まぁいいじゃないかなんて、あっさり丸め込まれるのは蓮の良いところといえるのだろうか。


「なんだっけ、ああ、BL学に目覚めたきっかけか。お世話になった先生が授業で日本史BL学の話をチラッとしてくれてね。それが面白かったんだ。歴史上の人物の心情をより深く理解できると思ったんだよ」


新しいジャンルの学問であるのは確かだが、研究してみると、こと日本史においてはBL学との相性がよいことが分かったという。


「日本ではBLの歴史が深くて『日本書紀』にもその記述があると言われてるんだ。平安期の貴族の日記にも記されているんだよ」


「日記に?」

「つまり?」

「詳しく!」


俄然、モブ子らが色めきたつ。

【改訂版】ここは花咲く『日本史BL検定対策講座』

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