「マスター、これおいしいね」
灰色の猫耳が生えた少年は、そう言って当店自慢のアイシングクッキーを再び頬張った。
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
それに対しマスターはいつも通りの微笑を浮かべて礼を言う。
「おばさんもこのクッキーのこと教えてくれてありがとう」
「ま、まぁ、喜んでくれて私も嬉しいよ……」
千弦先生は苦笑気味に言うと、すぐに溜め息を零した。どうやら『おばさん』と呼ばれたことにショックを受けたらしい。本人の主張によればまだ二十代。それが事実ならダメージを負っていてもおかしくはない。さすがにこのままでは千弦先生が可哀想なので、やんわり注意することにした。
「坊っちゃん、今度から年上の女性のことは『おねえさん』と呼ぶんだよ」
「ぼく、坊っちゃんじゃないもん」
素直に聞き入れて貰えるかと思いきや、想定外の部分で反論されてしまった。
「じゃあなんて呼べばいいのかな?」
「アスール」
千弦先生が尋ねると、少年は胸を張って答えた。
「かっこいい響きの名前だね」
「ありがとうおねえさん!」
「『千弦さん』で良いよ」
「ちづる、さん?」
「そう。よろしくね、アスールくん」
「うん!千弦さんよろしく!」
さり気なく自分の名前をさん付けで呼ばせている。さすがは千弦先生だ。
「ところでお客様、お飲み物はどうなさいますか?」
不意にマスターが言った。
「飲み物って何があるの?」
「こちらをどうぞ」
僕が渡したメニューを開いたアスール様は、困った顔をした。
「どうしたの?」
「どれを頼めばいいかわかんない……」
「なるほどね。それじゃあエイムくんのオススメを聞いてみよう」
「でしたらミルクティーですね。甘さ控えめなのでクッキーにも合いますよ」
「じゃあそれを一つ!」
「かしこまりました」
マスターが紅茶の準備を始める。それに従い僕もホットミルクを用意しようとキッチンへ行こうとした時、千弦先生に止められた。
「エイムくん」
「先生?」
「ちょっと聞きたいんだけど」
「なんでしょうか?」
「ミルクティーって、アイスにもできる?」
「できますけど、何故です?」
「猫は熱いものが苦手なんだ。ほら彼、たぶん猫の血も引いていそうだから」
「なるほど。わかりました」
その後、アスール様はマスターが出したアイスミルクティーを幸せそうに飲み干してくれた。
「おいしかった!ぼく熱いのダメだから冷たいので良かったよ!」
それを聞いてふと千弦先生の方を見れば、彼女も安堵したような表情をしている。一応僕に進言したものの心配していたんだろう。
先生にはまた一つ借りができてしまった。
コメント
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みてて微笑ましい会話ー!! 最高ですね、可愛い〜!
アスール君の耳はふわふわしているのだろうか…((((