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「あ、なんか近いな。」
第1話:『ゆらり、帰り道。』
放課後の教室。机に向かってノートを広げていると、隣から声がかかった。
「おい樹!見てみぃ、この落書き、めっちゃ似とるやろ? 」
俺は思わず目をあげる。光輝がノートの上で得意げに描いた似顔絵を指さしている。
「あほか!どこが似とんねん!お前、自分の顔描いたんか?」
「せやせや、自分の顔やけど、なんか足りん気せえへん?」
俺は眉をひそめる。
「なんでそんな微妙なとこばっか描くねん…もうちゃんとやれや!」
光輝はにやりと笑った。
「いやいや、これが芸術やねん!樹も描いてみぃや。」
「…え、俺?いや、 無理やて。センス皆無やし。」
「せやけど、樹が描いたらなんかおもろい思うで。ちょっと試してみぃや。」
俺は仕方なくノートを手に取り、光輝の横に体を寄せる。微妙に近い距離。
「おお、ええやん、なかなかやるやん!」
「そ、そうか?」
「樹にしてはなかなかうまいな!」
「は?なんやそれ!」
俺は思わず身を乗り出した。
「ん、樹…」
「あ、なんか近いな。 」
「やな。」
俺は急いで距離をとる。
「ほな、もう帰ろか。」
「ちょ、樹待ってや!」
夕暮れの校庭を抜け、俺達はいつもの坂道を下って帰る。
光輝はふいに、俺の横を歩きながら言った。
「樹、遠回りして帰ろや。」
「え、なんで急に…?」
俺は少し警戒しつつも、光輝の笑顔に押されて頷く。
二人並んで歩くと、肩が触れそうな距離になる。
俺は無意識に少し身を引く。
光輝は肩を軽くぶつけてきた。
「ん、なんや光輝。」
「コンビニ寄らへん?」
「ええけど、」
「よし、行こ!」
夕焼けの道に、二人だけの微妙な距離感がゆらりと揺れる。
誰も気づかない、でも二人には特別な時間。