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未車一華さんの過去話です
お風呂から上がって逃げるように自室に駆け込む。途中友達に話しかけられたけど、お風呂に入ったあとはどうにも取り繕う気になれない。社交辞令の挨拶で会話をいなしてどうにか戻ってこれた。
部屋は電気をつけていなかったから薄暗い。
(……荒れてる、片付けないと)
たくさんの参考書と治療器具が散乱した部屋を眺める。足の踏み場をどうにか作って、ようやく進める状態だ。片付けないととは思うけど、そんな元気も余裕も、こんな生活には少しもない。明日やろうを先延ばしにして、どうにか精神を延命しているのだ。日々マイナスをゼロにするのが精一杯だ。
「……あ〜、そういえばあのアニメ見てとか言われたな。見る……イヤホンしながらなら勉強できるか、音声だけ……」
そう思いながらスマホを開いて通知を見た。来て欲しくない人からの通知が2件、入っていた。少し躊躇い、震えながらメールを開く
『一華へ
勉強は順調?もうすぐ中間よね。またテスト結果を報告するように。』
『一華へ
伝え忘れていたけど、次の休日はおばあちゃんが来るからうちには来ないで。』
メール内容を確認し、安堵のため息をつく。良かった、何も怒られなかった。心当たりは無いものの、やはり親の連絡は怖いものだ。いくつになっても、きっとこの癖が抜けることはないと思う。
軽く返信し、イヤホンで音声を聴きながら勉強を始める。主な勉強を夜にするのは父に言われたからだ。私は根っからの夜型人間だから、効率的な勉強はこれが一番なんだそう。
アニメの音声が聞こえる。
『そんなことをしたって、誰も幸せにならない!』
正義感をたっぷり含んだ言い回しが珍しく私の耳に止まった。
「……そんなの、言えたら苦労しないのに。」
私の両親はお互いに弁護士だった。あの人達は自分達の精神と肉体的負担を考えない虐待と罵声の末に生まれた、骨の髄までのエリートだ。暴力と暴言を飽和状態まで受け続けた彼らの精神は壊れ、感情を表現することができなくなっていた。そんなことに気づかない祖父母は自分たちの教育は成功だったとし、この血を後世へ繋げることを選んだ。同じような家庭環境だった2人をお見合いさせ、結婚を組ませた。あわよくば産まれてくる孫を好きに育てようとしたのだろう。
しかし祖父母は知らなかったのだ。両親が少しずつ反抗の意思を持ち始めていることに。彼らは自分達の弁護士事務所を立ち上げると同時に、逃げるようにその地域に駆け込んだ。祖父母はそんな2人の話術にコロッと騙された。何十年生きて、覚えたことがそれだけかと悲しく思える。
さて、そんな私の両親だが、彼彼女らの教育もうまいものではなかった。あの人たちは常に暴力を受けて来たから、人との距離が遠いのだ。それはもちろん私とも。構わず、言葉をかけず、孤独に生かさせることが教育だと信じているのだ。だって下手に関わったら、祖父母から流れる血の暴力的な側面が出てしまうから。だけど、そんな事情があるんだ、で許すとは一言も言っていない。
あの人たちの理想はとても高いのだ。両親にとってハシゴの一番下でも、私達にとっては一番上。そこまで一気に登るのはむずかしい。幼少期、みんなが56点だったテストで82点をとった。褒めてくれると思った、そう信じていた。浮いた足取りで帰っていたのを思い出す。でも、その希望は尽く打ち砕かれた。
「なんでここミスしたか、分かる?」
「え?わ、わかんない……」
「元の数字の5に引っ張られて計算しているのよ、見直しをきちんとしなさい。」
「……っで、でも、今回とっても点数良かったんだよ?だから__」
「あなたはそれで満足なの?……別に、それでもいいけれど」
冷たい家だと思った。息苦しくてたまらなかった。何度も泣いて泣いて、枕を濡らして。一緒にいるのも怖いぐらいだった。それでようやく気づけた。
期待するだけ無駄なのだと。
家で表情と感情を出すことをやめた。何をしてもあの人達は鉄みたいに動かない、それなら最初っから諦めてしまえばよかった。もちろん、あの人達が愛してくれていないとは思っていない。授業参観は比較的来てくれているし、懇談会も必ず来る。だが、私とは致命的なほど馬が合わないのだ。あの人達は私に幸福という株を買わせ、最終的な利益がプラスになることだけが善だと思っている。今の私の幸せなど、まるで考えないのだ。そんなことされて明るくいろというほうが難しいだろう。
引き換え、学校での私は随分明るくなった……と思ってる。だって学校でも居場所が無くなっちゃったら、私を受け入れてくれる場所なんてひとつもなくなってしまう。だから頑張ったのだ、話の話題について行こうと、興味の無い恋愛リアリティショーを見て、聞いた事のない話題のドラマを見て、知らないアイドルのライブ映像を見た。話を合わせているだけで向こうは友達と思ってくれたらしく、授業の組み合わせや班分けは少しも苦労しなかった。少しだけ安心していたんだ、ここでなら生きていけると。私はあそこ以外でも幸せになれるのだと。だからこそ、怠けてたんだろう。
中学生時代、私はバスケ部だった。それこそ私はキャプテンだったし。でもある日の部活中、頬に強い衝撃が走ってそのまま転倒する。先生や友達が駆け寄ることで、あぁ何かが当たったんだ、ということに気づいた。頬に触れるとじんわり痛い、少し腫れているような気もする。友達に「一華大丈夫!?」「保健室行こ!早く!」と声をかけられるが、他のことに目を奪われて、あまり聞こえていなかった。
おおよそ、ボールが飛んできた場所を見上げる。そこには何人かの女子がいた。私と何回か話したことのある、ちょっととっつきにくい子達。私の方を見ながらコソコソ喋って、そして笑った。あの子達は、故意で私にボールをぶつけたのだ。ぶつかったのは頬だったのに、頭を強く殴られたみたいな衝撃が走った。どうして?私あなたに何もしてないよ。なにかの勘違いなの?……そう、私と対立するんだね。それならば。
優しくするメリットより、デメリットの方が多いのならば。
誰にも守られないのならば。
己は己で守るしかない。
優しさなんて面倒な鎖、解いてしまえばよかったんだ!
私を信じるものにはその分の力を。
私を信じないものには甘い蜜を。
私を裏切るものには
徹底的な制裁を。
その後は簡単だった。口が軽い友達に少し大袈裟に「〇〇ちゃんのボール当たっちゃって、向こうも故意じゃないんだけど。」って伝えただけ。人間は話が伝わる事にどんどん内容が変わる、最終的には故意じゃないという内容は省かれることになるだろう。あとは私は眺めるだけで、徹底制裁ができる。
抵抗感はあった、きっとこれをしてしまえば、私は両親と同じ存在になってしまうのだろう。血も涙も通っていない、冷徹な人間に。けど、それで己を守れるなら、そんなのは些事。仕方の無いことでしょ?元々私を信じないせいだよ、私を信じず、上辺だけ仲良くした結果。その天罰が下っただけ。
なのに、なんでこんなにくるしいの?
コンコンと扉が叩かれる。
「……あれ、寧无くん。どうしたの?」
「あ、えっと。これ、一華ちゃんのポーチ……だよね。廊下に落ちてたよ。」
「…うん、私の。どうもありがとう!」
荒れた部屋の惨状を見ないまま、彼は呑気にこう言った。私のこと、清純な子だと信じてるのかな。
ねぇ、寧无くん。なんで君は前の私みたいでも許されるの?模恵くんや、椎名くんが守ってくれてるからかな。それとも水紋くんと仲がいいから?生徒会長が何かをしてるから、とかかもね。でもね、寧无くん。私、とっても許せないの。だって私はあんな仕打ちを受けて、自分の生き方を曲げたのに、君はなんのお咎めもなく、その生き方ができるんだもん。……同じ目にあって欲しかった、なんて言うのは流石に最低だけど。
でも、君はとっても可哀想。そんなことをしたら、いつかは他の人との縁でがんじがらめになるのはわかってる。その覚悟が無いまま、その生き方をしてしまった。ほら、今だって逃げ腰になってる。きっと彼が他人の目を伺う生き方をしている限り、彼は一生このままだろう。それはとても可哀想だと思う、だってこの世界では不利だから。
それでもね、私は君の友達だよ。
だから、全部飲み込んで、何も言わないまま。
「ありがと、寧无くん!ゆっくり休みなね!」
一緒に居てあげる。
一華のイメソンは「あだぽしゃ」「うらぽしゃ」だと思ってます。一部歌詞から影響を受けてこの中にも盛り込んでます。
ゴリゴリに話変わるけど一華は自分では気づいてませんが本心で「いずれ終わる仲なのに。」と思ってます。
『きっと私は大学に行って社会人になるまでに、もっとたくさんの友達ができる。きっと君とも、ここでの生活が終わったら連絡を取らなくなるだろうね。あー何してるんだろ私、どうせ終わる仲なら、最初っから辞めちゃえばいいのに。』との事。
コメント
8件
ちょ、ばか重いよこれまじで寝る前に見るもんじゃなかった... しんどいなぁほんと...祖父母の代からの血なんだ...しんどいな... 最後の寧无くんについてのシーンまじでやばい。一華ちゃんそんなこと思ってたんだしんどいよ!!!!!そりゃ恨むだろうなって気持ちがちょっとわかる。とりあえず中学の時の女は私がへし折るね許さいからな
うわあ、第4話、読ませていただきました……。 一華の過去がようやく見えてきて、胸がぎゅっとなりました。両親が冷たくて、でも「愛してないわけじゃない」ってわかってるから余計に苦しいんでしょうね。82点とって帰った日のエピソード、すごく切なかったです。褒めてほしかっただけなのに。 それで「自分を守るため」にああいう選択をする——その心理、すごくリアルで。でも「なんでこんなにくるしいの?」の一文に、彼女の本音が全部詰まってる気がしました。 寧无くんに「ゆっくり休みなね」って優しく言える一華の強さと、心の奥のざわつき。その二面性を描ける彗奈さんの筆が本当に好きです。次の話も楽しみにしています🌷