テラーノベル
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午後三時。六名の参加者は洋館の外に出て、手を繋ぐ時間となった。
月呼と侑加はいつもと同じベンチに座る。月呼の心はどきどきとしていた。コートのポケットには箱をしのばせている。侑加との関係は良好だと思っているが、告白がうまくいく自信はなかった。
「今日は侑加くんに渡したいものがあるの」
月呼は侑加と手を繋いでいない方の手をコートのポケットにつっこむ。
「はい、侑加くん。ハッピーバレンタイン」
ポケットから取り出した箱を侑加に差し出す。
「ほ、本命チョコレートだよ!」
月呼は叫ぶように言った。
「……本命チョコレートってなに?」
侑加が言葉を返す。きょとんとした顔つきをしていた。月呼はさすがの侑加でもその言葉の意味くらいは知っているはずと思っていたため、腰を抜かしそうになる。
「特別な人に渡すチョコレートってこと」
侑加は目を丸くしていた。
「あのね、私は侑加くんが好き。どれくらい好きかというと、このゲームが終わっても一緒にいたいくらい好きなんだ。大好きなの」
月呼は自分の胸に手をあてる。鼓動はずっと速いままだ。
「でも、自分が侑加くんにとって三億円より価値がないのはわかっている。それに、私がこんなことを言っても、侑加くんを困らせるだけだって。侑加くんだって、お金をもらって帰りたいよね」
月呼は自分から言っておきながら、苦しさをおぼえる。
「このゲームが終わったら侑加くんのことは諦める……諦めるから……残りの時間、私と仲よくしてね」
月呼の目から大粒の涙があふれた。侑加と手を繋いでいない方の手で、その涙をぬぐう。今日が最高のバレンタインデーとなるよう望んでいたのに、口から出たのは弱気な言葉だった。この関係がいつまでも終わってほしくないと思っていたのは自分だけだったと、ぬかよろこびすることをおそれている。
「……なんで諦める必要があるの」
侑加がぼそっと言う。
「俺も前沙さんのことが好きだよ」
「正直、自分が侑加くんに嫌われていないのはわかっているよ。でも、私の気持ちはそれ以上なの」
「そんなことはない! 同じだよ! いや、きっと、俺の方がそれ以上だ」
侑加の顔が赤みをおびる。耳まで赤くなっていた。そこまでの真剣な物言いと表情を月呼に見せたのは初めてだった。
「私たちって四六時中一緒にいて、抱き合ったりキスしたり、まるで恋人のように過ごしているでしょう? だから、侑加くんは今だけの錯覚を起こしているだけだよ」
侑加はそうである可能性が高いというのが、月呼の予想だ。だから、今までずっと自分が侑加に本当の意味で愛されているという自信をもてなかった。だったら、月呼もそうなのではないかと反対に言い返されると、この気持ちはけっしてまがいものではないと答えるのだが。
「錯覚じゃないよ。錯覚だとしても、一生覚めないでいい」
侑加は熱く反論する。月呼の手をより強く握った。
「ほ、本当に?」
「別に俺は最初からお金なんていらないから」
確かに、そう言われてみると侑加が「金が欲しい」などと言っているのを月呼は一度も耳にしたことがない。
「俺はこのゲームで前沙さんを選ぶよ」
侑加は月呼の目を見た。
「前沙さん、お金に困っているって言っていたよね。それは三億円あればいいの? 五億円? それとも十億円? いくらか言って」
「えっ、そんなに必要なわけじゃないよ」
人生で金はあるにこしたことはないが、親の会社の立て直しに自分と弟たちの学費、全部あわせても一億円もあればあまる額だろう。
「前沙さんはこの島が欲しいんだっけ? この島はいくらで買い取ることができるんだろう?」
侑加はきょろきょろとまわりを見る。言葉も行動も、まるで子どものようだ。月呼は彼のそういう面に惹かれたのだが。
「お金はいいよ。気持ちだけでうれしい」
賞金を得ずに元の生活に戻るつもりの月呼は、今後は自分も働けばなんとかなるだろう、と考えていた。アルバイトのかけ持ちも覚悟している。
「チョコレート、食べて」
月呼は侑加の視線を箱に向けさせた。
「食べるのがもったいない」
「手作りだから、日持ちはしないよ」
侑加は片手でリボンをほどき、箱を開ける。月呼は侑加のためにブラウニーを作っていた(ローラシアにはチョコチップクッキーをあげている)。
侑加はそのうちのひとかけらを口にいれる。
「……おいしい」
侑加の顔がほころぶ。
「毎日でも食べたい?」
「うん」
「じゃあ、五兆個作るね。ホットケーキの五兆枚とあわせたら、すごい数」
ふたりは声に出さずに笑う。
「バレンタインって、お返しをしないといけないんだっけ?」
侑加が月呼に聞いた。
「うん、三月十四日のホワイトデーにね。でも、お返しがほしくてあげたわけじゃないから、いいよ」
レムリア・ゲームも今日で四日目。最終日は二月十七日だ。ホワイトデーの頃にはこのゲームはとっくに終わっている。
「いや、必ずお返しするよ」
侑加がきっぱりと言った。その言葉はこの島での生活が終わっても会うことを意味している。
「……できたら、ふたりでデートがしたいな」
月呼は小さな声で言う。神戸の街をふたりで歩きたい、と淡い期待をいだく。
「いいよ。デートしよう。どんなことがしたい?」
「食事したり、ショッピングしたり、かな。特別なことはしなくていい」
月呼は侑加をちらっと見る。
「侑加くん、目を閉じて」
侑加は月呼の指示で目を瞑った。月呼は侑加と繋いだ手を離さないままベンチから立ち上がって、侑加にキスをする。月呼の後ろ姿が視界をさえぎるものとなって、ふたりの様子はまわりにはよく見えていないことだろう。見えていたとしても、月呼はさほど気にしない。
月呼が唇を離すと、侑加はぱちくりと目を開ける。
「いつも侑加くんからキスしてもらっているから……」
「うれしい」
侑加ははにかんでいた。彼は年齢の割に性格は落ち着いているが、彼が自分より年下だということをあらためて感じる瞬間もいいな、と月呼は思う。今の侑加はかっこいいというよりもかわいい、だ。
「侑加くんは私のどこがよかったの?」
月呼はベンチにふたたび腰かけた。
「最初の時点で話しやすかったのと、それに」
侑加は中途半端なところで話を区切る。
「それに?」
月呼はその続きを急かす。
「それに、うれしかったから」
侑加の言葉選びはたまに独特だ。なにがうれしいのか、月呼にはぴんと来なかった。
「私も侑加くんと出会えてうれしかったよ」
でも、ふたりが出会えたことがうれしい、と解釈する。
「前沙さんは俺のどこがよかったの?」
そう聞き返す侑加は照れていた。
「そりゃ、目が覚めた瞬間に侑加くんの顔が目の前にあったら、女ならだれだって意識せざるを得ないよ!」
「そ、そう?」
侑加は自分の顔を触る。
「私は侑加くんの顔や雰囲気がすごく好みだったみたい」
結局、第一印象のよさからは抗えなかった。くるるは侑加のことを一生に一度出会うか出会わないかのレベル、と言っていたが、月呼は侑加の存在の希少さに心を寄せたのだろう。
「自分の顔になにか感じたことはないけれど、この顔に生まれてよかったってことなのかな」
「そうだよ! その顔で生まれたことを感謝しなきゃ!」
感謝するのは親と神、どちらなのか、あるいは両方か。月呼は頭で考える。侑加は月呼のいきおいにけおされたようで、声を出さずに笑っていた。
「侑加くんは今日から私の彼氏ね。私は侑加くんの彼女だよ」
「うん」
侑加は自分の恋人で、月呼は侑加の恋人。言葉にするとより安心する。
「私、ハグとキスは付き合ってからするものだと思っていたけれど、ハグとキスをする方が付き合うより先になっちゃった。人生って、わからないものだね」
「いやだった?」
「ううん、そういうわけじゃないよ。侑加くんと両思いになれるのなら、順番はなんだっていい。逆に付き合っていない人とそういうことをする、不純なことをしているようなやましさがよかったかも……」
まじめに生きてきた分、この恋に気持ちよく酔えるといえるだろう。
ふと、遠くで、慶迅と依榛が人目もはばからずにはげしくキスをしていた。
「うわっ――」
月呼は思わず声を出す。バレンタインデーに特別なことをしたかったのは、月呼だけではなかったようである。そして、慶迅の思いは依榛に通じたようだ。
侑加とは唇と唇が触れるだけのキスしかしていない。慶迅と依榛の濃厚な絡みは、それだけでじゅうぶんな月呼には刺激が強すぎた。月呼の顔が真っ赤となる。
月呼と侑加のように、慶迅と依榛も互いにパートナーを選ぶだろう。そうなると、賞金を選ぶのはくるると野利彦のペアだけか?と、月呼はそこで今後の結末を予想する。
ただ、野利彦はくるるに好意をいだいているだろう。残りの期間でくるるがひたむきな彼に惹かれてもおかしくはない。そうなれば、最初に十名いた参加者はだれも三億円を手にしないことになる。その場合、最高額は瑞麻と湯江奈が手にした一千万円。三十億円の支出でも問題とするに足りない運営からすれば、それはかなり安い出費だろう。
その後、月呼はミニゲームに一応は全身全霊で挑んだけれど、侑加と両思いになったことで頭がいっぱいで、結果はなんでもよかった(今回は慶迅と依榛のペアが優勝した)。
コメント
1件
つかであきひろさん、第38話読みました! 月呼の本命チョコレート告白、すごく良かったです…!「錯覚だとしても一生覚めないでいい」って侑加の返し、年下なのに芯が通ってて胸が熱くなりました。月呼の「ぬかよろこびをおそれる」心情も丁寧に描かれていて、彼女の不安と勇気がひしひしと伝わってきました。デートの約束までできて、本当に良かったですね😊 次回も楽しみにしています!
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