テラーノベル
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「あ~重かった、ただいま」
清香は何も見ていないフリをする。
「おお、今、帰ったのか」
光一のわざとらしい言葉が、宙に浮かぶ。
光一は、少しモグラとかラクダに似ているが、いたって普通の見た目。
「あれ?美香、まだいたの?」
目の前で見たことを、なかったことにしてしまいたかった。
「え~夕飯を食べていってもいいでしょ」
美香は、隣の光一を見て甘えた声を出し、まるでおねだりをしているように見える。
世話焼きおばさんに、言われるまでは気が付かなかったが、美香の光一に対する態度は、こんなにもあからさまだったのか。
「2人分しか買ってきてないわよ。夕飯を食べるなら前もって言うようにして、今日は帰りなさい」
これでも清香は、ヒステリーにならないように話しているつもりだ。
「どうして、美香に意地悪ばかり言うの。お姉ちゃんとご飯が食べたいだけなのに」
美香はいとも簡単に、清香を悪者に仕立て上げる。
5歳年下の妹は、昔からそうだ。
お土産で清香が子供用のバッグ、美香が人形をもらうと、そっちの方がいいと言って、両親の前で泣いて見せる。
私が嫌がると、決まり文句のように、お姉さんなんだから我慢しなさいと言われた。
「おい、可愛い妹なんだから、いじめるなよ。俺のを半分やればいいだろ」
この台詞も何度聞いたか分からない。
結局は食事を作っている間に、出ている物からどんどん2人で食べていって、清香はレトルトのご飯やカップ麺を食べるハメになる。
「はい、はい。じゃあ、美香、食事の準備をするから、手伝ってちょうだい」
ソファに2人で座らせておくのが嫌で、美香を呼び寄せる。
「食事くらいお姉ちゃん1人で作れるでしょ。美香はお客さんだよ」
この女、妹じゃなきゃ、ひっぱたいてやりたい。
「まあ、まあ。おい、今日のメニューは?」
夫が喧嘩を止める仲裁役のように、いつもは気にもしないメニューを聞いてくる。
清香はキッチンに移動しながら答える。
「レバニラ炒めと天津飯に、中華スープよ」
ネットで調べたメニューに挑戦するつもりだ。
「レバニラ炒めとかって、精力付きそうだね。でもお義兄さんの精力ごと全部、お姉ちゃんに奪われそうで、美香なんか怖いな」
「美香は、まだ子供だからな。大人になったら、楽しくて止められなくなっちゃうぞ」
今までは気が付かなかったが、ソファの背の見えないところで、旦那と妹が手をつないでいるのが分かる。
「きゃーあははは。やめて、くすぐったい。お義兄さんのスケベ」
死ね。クズ。豚やろう。売女┅┅。
清香の頭の中で、知りうる限りの侮蔑の言葉が、羅列されていく。
この2人は妻の前で、実の姉の前で、どうしていちゃついていられるのだろう?
料理を作りながら、まるで悪夢の中にいるようだった。
「レバニラ炒め出来たから、テーブルに運んで」
料理をシステムキッチンのカウンターに置きながら、美香に声をかける。
「きゃはははは。無理、無理、今、手を離せないから、お姉ちゃんが自分でやって。やだ、お義兄さんってば」
「料理を作ってやってるんだから、遊んでないで運びなさいよ」
我慢していた口が、ヒステリーな声を上げてしまう。
「おー、こわ。お義兄さん、よくこんな人と一緒に暮らせるね。私なら、穏やかに暮らしたいな」
「まあな」
「仕方ないから、手伝ってくるね」
美香が立ち上がった、その時、光一の手が美香の手を追いかけて、美香の手が、名残惜しそうに光一の指先に触れている。
清香はその瞬間を目にして、思わず包丁を握りしめた。
ダンダンダンダン
包丁を握りしめた清香は、ネギを力を込めて千切りにしていく。
目の前でいちゃつく夫と妹を切り刻んでやるつもりで。
「ちょっと今日変だよ。何でネギを仇みたいに切ってるの。マジでこのおばさん、恐いんですけど」
おばさんって言葉に、堪忍袋の尾が切れそうになる。
我慢だ。
そうだ、この光景も冷蔵庫の上に置いた監視カメラで録画されているはず。
美香の本性を洗いざらい出させるんだ。
「レバニラ炒めと中華スープが出来たよ」
「どれどれ。これ、ちょっとしょっぱいから、お義兄さんの健康に悪いんじゃない?まさか保険金目当てで殺そうとしてるんじゃないよね?」
美香が味見をしながら、とんでもないことを言いだす。
「その冗談、誰が楽しいの?」
「美香はただ、お姉ちゃんが殺人を起こしたら大変だから心配したんだよ」
首をかしげて下から顔を覗き込んでくる美香に、怒りが込み上げる。
「自分の夫を殺すはずないでしょ。天津飯を作っちゃうから、食べてて」
「はーい、お義兄さん、出来たのから食べよ」
「おう、腹減ったな。おい、ハシが出てないぞ」
「お義兄さん、私が出してあげるね」
「美香は本当に気が利くな」
「えへへ」
ハシを出すと言いながら、また2人がイチャイチャを続けている。
「はい、オハシ」
清香は、3人分のハシをテーブルに置いた。
「最初から出せよな。食事にハシを出さないって、食べるなってことか?」
「ごめんね。お姉ちゃんって、昔から抜けてるところがあって」
「美香ちゃんが謝ることじゃないよ」
「うん、料理が冷めちゃうから食べよう」
「はい、天津飯よ」
清香は一皿分の天津飯をテーブルに置いた。
「おい、2人いるんだから、2人前作れよ」
鍋は1つしかないから、一皿づつしか作れないし、そもそも3人いるんだから、必要なのは3人前なのに。
「もうすぐ出来るから」
「お義兄さん、美香はいいから、お義兄さんが食べて」
美香は天津飯を光一の前に置いた。
「マジで清香と姉妹とは思えないよ。何でそんなに気が利くんだ」
「そんな、ただお義兄さんが美味しく食べてるところを見たいだけだよ」
美香のわざとらしい点数稼ぎを、昔から男たちが本気にするのを何度も見てきた。
「天津飯、お待たせ」
怒りを隠しながら、2つ目の天津飯をテーブルにのせる。
「もうオカズも食べ終わったのに、今頃出しても遅いんだよ」
美香に自分のオカズを半分やると言っていたのに、結局、2人でオカズを食べきってしまった。
清香は、冷凍パスタをレンジでチンして食べることにする。
パスタを食べている間に、美香はお風呂に入って、着替えて出てきた。
素っぴんで、ハーフパンツにノースリーブの美香を、夫は目で追っている。
美香もそれを分かっていて、お尻を振りながら歩いている。
洗い物を片付けていると、美香が隣に立って話しかけてくる。
「男は女の子の素っぴんが好きなんだよ。どんなに美味しい食事を作って厚化粧したって、若さには勝てないんだから。だって化粧して料理を作る女なんて、ただの家政婦じゃない」
「家政婦ですって」
泡の付いたスポンジをギュウっと握りしめながら聞き返す。
「お姉ちゃんもそうならないように気を付けてね。私は妹として心配してるんだよ」
清香の中で、美香は夫を誘惑する雌ブタに認定された。
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